黄龍もまわるハードな1日

8/28 九寨溝-川主寺 Jiuzhaigou-Chuanzhusi 再び川主寺
  朝一番にカメラをテストしてみる。うれしい。電池を感知して、ちゃんとシャッターが切れる!今日もきれいな景色のところだから、ほっとした。
 カメラはいいのだけど、実は麻ちゃんが大変なことになっていた。どうやら昨日の羊肉にあたってしまったのだ。なんでも肉が赤いところもあったようで、食べないようにしていたけど、やはり直撃したらしい。(私も用心のために正露丸をずっと飲み続けている。心配だ。
  朝食はバイキングで巨大なレストランにいろいろな団体ツアー客*ただし中国人)が朝から食欲満開という感じで食べている。
 8時にガイドさんたち2人が現れる。ここで臥龍の件を話すが、彼女たちはこの話をはじめて聞いたようだった。1200元なら交渉できるとか。なんだかだんだん高くなってしまうし、面 倒だし、そこまでしなくてもいいかな、という気もするけど、一応昨日の「会議」で1200元までなら出す、ということになっていた。それと、ツアー代の残り3000元を支払う。念のために領収書が欲しい、というと、手書きで(!)書いてくれた。しかも宛名は「日本小姐」。すごくアバウト。
 そうして出発。雨が降るよりはいいけど今日も曇りぎみ。途中、またもや宝石屋さんでトイレ休憩。トイレは汚いし、お店の中は白く煙るほどタバコの煙で充満してて1分でもいたくないところだったので、早々に退去。ああいう室内は禁煙にして〜。みんなはかなり熱心に買い物をしているようだったけど、することもないので、香港組と準備体操をする。ずっとバスにのり、急に動き出すのは「エコノミークラス症候群」になるからね。
 途中、ヒッチハイクでチベットの娘さんが乗り込む(このあたり、決まっているようだ)。チベットの歌を歌ってくれる。昨日の歌舞ショーでも歌われた歌だ。(メジャーな歌らしい)1曲で終わってしまったので、麻ちゃんがもう1曲歌って、とリクエスト。その後、アクセサリーを売るのだけど、彼女は後ろの方の客に売っていて、ある地点になると再び車を停めてもらって下車。
さらにもう一件、ビーフジャーキーを売る店でも休憩。「五香味」を2袋買う。1袋18元。そんな感じで再び川主寺に戻ってきた。一昨日、夕食を食べたレストランで食事。すぐ近くには一昨日泊まって下着(実は2枚、乾かないので成都からもってきて干していた)を忘れたホテルもある。複雑な思い。このレストランで出されたのは一昨日とほとんど同じ料理だった。殷さんに今日の夕食は10時ごろになるので(がーん!)、しっかり食べるように言われる。
 昨日の「皮ジャンパパ」一家も同じテーブルに付く。麻ちゃん、まったく食欲がない。青島ママが心配して、彼女に「オレオ」をくれた。いろんな人が心配してくれる。とくに「少食」なのが心配の原因のようだ。
 続いて、バスは酸素袋(ボンベではない。枕のような袋に酸素が入っている)を貸し出す店に停まる。麻ちゃんはすでに高山病ぎみなので1袋頼む。50元+50元のデポジット。口にくわえるチューブは人数分くれた。
 桂さんがバスの中で説明をする。「黄龍は高度が高いので、絶対無理をしないように。高山病は頭痛や吐き気などがあります。気分が悪くなったら休んで、自分のペースで歩いてください」。

黄龍 Huanglong  ターコイズ・ブルーの段々畑

途中、霧の中、4000mに近い峠を越える。そうしてようやく黄龍到着。集合は5時。ところでよほど昨日の迷路事件が影響しているのか、殷さんに「ここはまっすぐ道に沿っていれば1本だから迷わない」と言われたかと思うと、成都からやはり親子3人で参加しているママにも「ここは迷わないわよ」と言われる。桂さんには私のよほど私たち、信用されていないようだ。今日は名誉挽回、時間を守りたいもの。
 約3時40分の見学時間しかないので、入り口に「黄龍」の碑が建っている撮影ポイントはパス。 やが登るとガイドブックやテレビなどで見慣れた、ターコイズ・ブルーの池が段々になっている場所にでる。
 shou-dai のいうとおり、なるべくゆっくり歩くようにする。ミネラルウォーターも多めに飲む。若干息はあがるものの、上るペースは悪くない。このままなら最も奥にある五彩 池にも行けそうな感じだった。
 ところが、盆景池といった絶好の撮影ポイントではやはり時間がかかる。それと麻ちゃんが相当つらそうだ。先に上っては撮影ポイントで写 真をとり、麻ちゃんの到着を待つ、という感じで進んだ。彼女の足どりは重い。自分でも「まるで脱水症状を起こしなんとか歩いているマラソンランナーのよう」と例える。
 途中、石灰岩が水の流れで浸食され、まるで龍のウロコのように黄色く光るポイントに。黄龍の名前はここから由来する。
 少々山登りの経験を持つ私たちと麻ちゃんのペースは明らかに違い、逆に私たちにあわせようと彼女に無理をさせても悪いので、別 々に行動することにした。他にも西安からのおばちゃん、何組かの親子連れが同じようなペースで上っているし、ここは九寨溝と違い、いつでも引き返せるから大丈夫だろう。
 逆算すると、1時間前には下りはじめないと集合時間には間に合いそうにはない。途中までは順調にきたけれど、撮影ポイントの渋滞でなかり時間をロスしてしまった。かといって高地ゆえ、ペースを早めるのは危険だ。(写 真より本当の色の方がきれい。なかなか水面をきれいにとるって難しい・・・)
 美しい争艶彩池にさしかかった頃、雷鳴が聞こえてきたかと思うと急に激しい雨が降りだした。撮影を中断して急いでレインウェアを着る。今日もまた雨に降られてしまった。昨日の教訓から、カメラもカバーをかけ、レインウェアの下に忍ばせ万全に。
 気が付けば4時まであと少ししか時間がない。上に行きたいとshou-dai は希望していたけど、とても時間がなさそうだ。結局、接仙橋から引き返すことにする。そこまでは雨の中、あまり人通 りもない遊歩道を歩く。本当に出るのかな?と疑いだしたほどだったけどやがて小さな橋を渡る。もう4時を回っている。ここからは森の中を通 っていく下山道から下る。途中、展望台があって、なかなかいい眺め。このころには雨もあがり少し陽もさすほどになっていた。山の天気は本当に変わりやすい。

走るように下って高山病に

 木々の間には池が見渡せる。まわりは原生林。時間を考えて、わりと早いペースで下る。下る人の中には篭を頼んでいる人もいる。70元だそうだ。遅い人をどんどん追い抜いて、ついつい早いペースで降りてしまったためか、少し頭痛がひどくなってきた。
 おどろくのは私たちとは逆に、大きな材木や砂などを運んでいる人が多いこと。中には女性もいる。どこまで運び、それを何にするかはわからないけど、こんな高地でさぞかし重労働だ。こうした人たちのおかげで観光客は中に入っていけるのだけど、ひとつ間違えば環境破壊。それとエリア内を清掃する人がたくさんいて、ゴミをかたっぱしから拾っている。それなりに保護のために苦心しているのだ。それと観光開発は。そういえば途中で入ったトイレは環境を考慮して、便座全体にビニールが被さり、用をたすとビニールごと落下することしくみ。日本の山のトイレよりずいぶん快適だ。
 こうして入り口の駐車場にあるバスに戻ったのが、5時少し過ぎた頃。昨日の名誉回復のためにこんなにがんばったのに、まだ帰っていない人が多い。時間がありそうなので入場券売場にあった立派なトイレに入る。水が流れるだけで感動してしまった。さすが世界遺産。
 麻ちゃんはバスの中で完全にグロッキー状態。雷が鳴りだした頃、戻ったという。かなり吐き気もあるらしい。突然、ツアーの一人が空気袋についていたチューブを持っていないか、聞いてきた。私のは全く使っていなかったので、それを手渡す。すると駐車場の外にツアーに参加していたお兄さんがひっくり返っている。かなりひどい高山病のようだ(私は見なかったけど、白目をむいていたとか)その人に例の酸素袋の酸素を吸わせている。他にも戻っていない人もいるので、バスの中でひたすら待つ。と、突然駐車場の近くの崖が崩れた。麻ちゃんによると、一人でバスで待っている間にももっとひどい土砂崩れがあったそう。道路を覆うほどの規模ではなかったものの、たしかにこういう雨がちの山で土砂崩れはよくあることなのかも。オーバーにいえば旅行もそういった危険と隣り合わせなのだ。
 私たちは香港組と席を交代した。隣には例の西安大学生カップルがいる。彼らはなんと一番奥まで行けたそうだ。「なんでそんなに速いの?」彼は例のふざけた調子で「若いからね」。ふん、いやな奴。偶然、彼らと麻ちゃんが持っているカメラがミノルタ製の同じカメラだった。なにやら、彼は電池が動かなくなったという。「どうすればいいの?ちょっと見てよ」。吐き気と戦い、顔も真っ青な麻ちゃんにかまわず聞く。私が「彼女は気分がよくないから、今はそっとしてあげて」。しかし、現代っ子の彼は言われた当初はおとなしくするものの、自分たちでどうしようもないので、麻ちゃんに「きみのカメラを貸して見せてよ」など、やはりいろいろ言ってくる。麻ちゃんのカメラの電池を入れてもやはり動かない。
 それは私が昨日体験したことではないか、と彼らに説明する。たぶんさっきの雨でカメラの中が濡れてしまったのではないか?乾いた布とかで拭いて、乾かせば直るよ。私が昨日そうだった。と説明する。ところがこれがなかなかうまく伝わらない。頭痛であまり脳も働いてくれない。しかし彼らは次々と質問をしてくる。「でも中のフィルムはどうなるの?」「暗いところでやればいいよ」。カメラの用語がわからないので、shou-dai が持っていた辞書なども動員して説明。疲れる。「どうやって拭くの?」仕方がないので代わりにティッシュで拭いてやる。「このまましばらく放置して乾かす。明日よくなると思う」
 全員がようやくそろい、出発することになったのはほとんど6時。なんのために急いだのか? 誰かがさきほど高山病になっていた人がいるけど大丈夫か?とガイドさんに聞く。
「出発しても大丈夫。だって心臓は問題ないから」とあっさりしたもの。

忘れ得ぬ「終生不嫁」の言葉

 ほどなくまた峠にさしかかる。際限なくカーブが続き、頭痛もよくならない。そんなことはおかまいなく、「奴」の質問攻撃はとまらない。こいつを高山病で黙らせて欲しい・・・麻ちゃん、まっさお状態が続く。香港組はたぶんまた熟睡。結局、私が相手になるしかないのだ。
 「4人は結婚しているの?」「みんな独身だよ」これには相当驚いたらしく、「え!みんな結婚していないの?どうして?」と過剰反応。男も女も日本では珍しくないんだと主張。「じゃあ、きみたちみんな●●●か?」この肝心の単語が聞き取れないので、持っていたメモ帳に書いてもらう。 その言葉が、「終生不嫁」。
  調子の悪かった麻ちゃんも爆笑。鋭いところをつくねえ。しかし若い麻ちゃんには悪いよ。とはいえ我々の不嫁状態は相当、彼の同情を買ってしまったらしい。 (今でもメモ帳に書かれた「終生不嫁」の文字を見ると笑ってしまう)
  ようやく7時過ぎ、例の川主寺に戻る。夕食は当初、茂県でとることになっていたが、時間が遅くなりすぎると判断したのか、三度このレストランで取るのだ。少しがっかり。というよりおしゃべりにつきあって寝ることもできず、かなり激しい頭痛がする。食欲もない。前回は全く高山病知らずだったshou-daiも、山道のカーブで酔ってしまい、ご飯は食べられないと言う。「それにここ、おいしくないんだもん」。他にもバスに残り食べない人もいる。
 しかしhagaさんはレストランに入っていったので、中国語ができない彼女一人というのも心細いだろうと私もテーブルに着く。hagaさんは他の人とまじって淡々と食事をしている。すごいなあ。私は目の前の料理を見てもまったく食欲がわかず、ただお茶を飲むだけ。 感心すると、「前に富士山のツアーに行ったけど、そっちのほうが大変だった」そう。
 みると青島母娘の 娘さん、tina さんも青ざめている。ご飯にもまったく手が付けられていない。目があったので、「頭痛がするし、全然食べたくない」というと「私も」と力無い言葉。ところが青島母娘のママは食事のときのおきまりフレーズ、「辛い」「辛くない」を繰り返しては「辛くない」と判断したものをガンガン食べている。そして tina ちゃんのお茶碗にガンガン盛っていく。ますます青ざめるtina ちゃん。そんなことはお構いなく「食べろ、食べろ」と勧めるママ。でもいっさい食べられないtina ちゃん。気持ちが分かる。
 食堂を出て、バスの周りにうろうろしていた人たちと少しおしゃべり。「日本人はみんな礼儀正しい、礼もきちんとする。いい習慣だと思う」とか、「日本語を教えて」とか。それと「ミシはどんな意味?」と聞かれた。このミシと言う言葉、中国人は日本語だと思い、それもかなり浸透している。どうやら昔の映画かなにかで日本軍が中国人を略奪するさいに言っていた言葉、「メシ」が間違って伝わっているようなのだ。(その背景を考えると複雑)「ミシという日本語はない。それはたぶんメシという言葉のこと。メシ、というのはご飯の意味です」そういうとみんな納得していた。リクエストに応じて、「こんにちは」「ありがとう」「さよなら」を教えてあげる。「アイヤ!日本語は難しい」と言われた。
 そしていよいよ茂県にむけて出発。なんと200キロあるという。順調にいって3〜4時間ぐらいかかるとか。とすると、到着は11時?うえ〜  バスの中で少し眠り、目が覚めると頭痛も治っていた。かなり高度も下がってきたらしい。隣のカップルはそれぞれ携帯電話でのメールに夢中。日本と変わらないなあ。麻ちゃんも起きる。「復活した」とうれしいお言葉。吐き気もなくなったらしい。しかし車内の照明は消され、山道のためまわりも真っ暗。ときどきバスの派手なクラクションの音が響くだけ。松藩、と次々と街を通 過していく。 「なんか歌を歌いたくなってきた」という麻ちゃん。というわけで二人で、自分たちが歌える歌を適当に歌ってみる。宇多田ヒカルの「 First Love 」は tina ちゃんからアンコールまでもらった (彼女も復活した)。
 ところがアカペラで歌詞も満足に知らないので、適当にメロディを「ラララ・・」と歌っていると、すぐ「奴」は「なんでラララばっかりなの?」と聞いてくる。彼らが知っているのは、「サボテンの花」「ラブストーリーは突然に」などなど、どうもドラマの主題歌ばかりのようだ。ドラマも私なんかよりよほど見ている。で、「日本人は美男美女が多い」という。それはドラマだけじゃ〜。
 でなかなか楽しい歌合戦になったのでした。青島ママからいただいたオレオなどをほうばる食欲もでてきた。
 ところで「奴」はカラオケよりパラパラが好き、という。「きみたちはパラパラに行かないの?」というので、「日本でパラパラをやっているのは高校生。だから行かない」と答えると、「僕たちは若いからね〜」と得意げ。勝手にしろ〜。しかしパラパラに西安の大学生がはまっているとは!!遣唐使の時代から思うと感慨深いね(←基準が古すぎ?)
 ちなみにこのカップルは彼女の方がしっかりしている。「奴」は本当に軽いノリ。  途中、一度だけトイレ休憩があった。驚いたのは夜遅い時間なのに、ちゃんと果 物を売る人たちがずらりといること。結局4人で相談して、高山病は治ったものの、相当今日は疲れたので、明日の臥龍行きはやめたいと伝える。それにせっかくみんなと仲良くなってきたので、一緒に最後までいたい、という気分にもなったのだ。
 11時を過ぎた頃、ようやく茂県に着く。ふ〜うれしい。そしてバスが停ったのはちょっとぼろい感じのホテル「羌林避暑山荘」。私たちもここじゃないよね?と思うが、私たちの分のカギももらう?なんで?豪華クラスと標準クラス(ちなみに値段は400元近く違う)が同じホテルなの?とガイドさんに聞く。桂さんはぐったりした様子でめんどくさそうに「ホテルは同じだけど、部屋は違うから」とだけ言う。
 それでも半信半疑な私たち。ここは廊下の壁がなく、いきなり部屋のドアがずらりとならんでいる。中に入る。一応部屋はきれいだ。麻ちゃんが「私、他の人の部屋をそれとなく偵察してくる」。しばらくすると偵察から戻り、「部屋の構造はおんなじみたいだけど、壁紙はボロボロでもっと汚かった」そうか〜それが標準と豪華の違い?確かに私たちの部屋は壁紙も新しく、一応きれいに装っている。内装を換えたばかりという感じ。壁紙がきれいなのって「標準」的なことだとおもっても、ここは中国。仕方がないのかなあ。
 しかしエアコンはあるものの、リモコンがない。これじゃ使えない・・・おまけに洗面 所は雑巾が100枚集まったようなにおいがする。しかもシャワーを浴びようと思ったら、お湯が出てこない。すでに12時すぎ。ホテルの服務員を呼ぶ気力もない。第一この雑巾臭が漂う洗面 室で長時間いられないので、今日はシャワーをあきらめる。しかたがないので足だけ洗う。
 なんだか納得できなかったけど、とにかく就寝。明日は成都に戻る日だ。

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