いよいよ九寨溝&黄龍ツアー出発


じょう渓海子

8/26 成都-九寨溝へ Chendu-Jiuzhaigou 
  7時半集合というのに、目覚ましでも起きず、麻ちゃんに揺り起こされる。6時30分。びっくりしてはね起きて、怒濤のように身支度をして2階のダイニングへ。香港組はいない。もう食べて部屋に戻ってしまったのかな?急いで食べる。ついでにおいしかった「チーズケーキ」を少しお持ち帰り。食べているところへ香港組登場。なん〜だ。
 チェックアウトとスーツケースを預けてもらう。手続きに妙に時間がかかる。それでもまじめな日本人4人は定刻にはロビーでスタンバイ。しかし待てども待てどもバスはこない。(またか!)。それらしきバスは来るのだが、違う客を乗せて出発していく。これかな?というバスが来たが、ガイドの女性は私たちには目もくれずホテルの中に入っていってしまった。が、結局この人が迎えのガイドさんだった。大きな荷物は下の荷物置き場にいれてもらい、席につく。前から2列目が開いていたのでそこにした。香港組は斜め後ろの席に陣取った。ホテルを出たのが8時15分。それから杜甫草堂の前にある旅行社に。ここからも何人かが乗車した。ようやくここを出発したのが8時45分。
 ガイドは桂さん。「桂林の桂です」というのが聞き取れるぐらいだから、まあわかりやすい中国語といえる。殷さんという若い女性アシスタントも乗っている。ちょうど私たちの前、一番先頭の席。ガイドはいいにしても、ちょっといやだったのは運転手。「禁煙」と車内に書いているのに、自分は平気で吸っている。この人、後ろに妻と小さな子どもを乗せている。家族旅行を兼ねているのかな?バスは中国製で新しいのだろうけど、あまり豪華な車ではない。
 「今日は満載而帰(ここでは満員、てな感じ?)です」そうか。続いてそれぞれのお客のことを簡単に紹介する。みんなは自らマイクを握り、自己紹介するのだが、私たちはガイドさんが「日本からきた4人の小姐たち」と紹介してくれた。山東省、黒竜江省など各地から来ている。ガイドの桂さんもそのあたりを配慮して、なるべくわかりやすい普通 語を話そうとしているようだ。

岷江をひたすらさかのぼる

 1時間ほど走って、都江堰市に入る。9:45分ごろ最初のトイレ休憩。とりあえずミネラルウォーター「ワハハ」を2本購入。念のためにトイレにも行っておこうと思う。が、すごい臭いに閉口。やはり例の「溝だけトイレ」。久しぶりだあ。
 ここを出ると大渋滞。今からこれで大丈夫だろうか、と心配になる。そんな渋滞を利用して、トウモロコシなどを売りに来る。中には子どももいる。商魂だなあ。途中、ひどい土砂崩れのところがあった。そのために片道通 行しているのだ。道もすごい状態。麻ちゃんが前に電話した駐在員の人は「8月初旬に行ったけど、土砂崩れがあって九寨溝に行くまで18時間かかった。ちなみに4日とも雨だった」といっていたらしい。やだなあ、18時間は。
 11時40分ごろ、再びトイレ休憩。新しそうなガソリンスタンドだったけどトイレははやり「溝だけトイレ」。ざくろがおいしそうだったので、1つ買ってみる。5元。高いかも?ここで私はすごいことに気が付いた。香港組はバスの中では、見事にずっと寝ているけど、ガイドさんがマイクを握るやいなや目を覚まし、停車と同時に真っ先にトイレに行くのだ。これはひとつの特技だと思う。Hagaさんは中国初めてだというのに、山で慣れているか、こうしたトイレにも淡々としている(するしかないけど)。
  茂県に着いて、昼食となる。山菜を主にした料理でまあまあ。9人ほどでテーブルを囲む。青島から来たという親子のお母さんが「これ辛い!」といって辛い料理は全部却下していたのには笑えた。ここは四川。さぞかし大変だろう。「辛くない」と彼女が判断したものはどんどん娘さんにも勧めていた。
 4時すぎ、1933年の大地震でできた湖、じょう渓海子に到着。ここで羌族の村が水没したそう。なかなか雄大な眺め。ヤク?とともに記念撮影する商売もある。ここの休憩所ではなぜか洗車のサービスを受けている。なんでツアーの途中で洗車なのかは理解に苦しむけど、成都でするより安上がりなのだろうか?他にも何台か洗車をしている。そういえばこの周辺は「洗車」という看板がやたら目につく。地場産業?
  バスで寝ようにも前の席がなく、捕まるところも足を置く場所もないので、あまり寝られず。途中、チベット族の歌手の歌や中国の紅白歌合戦のような番組のVCDが流れるのでぼーっと見る。晴れていたら雪宝頂という5000m級の山が見えるらしいが、曇りなので見えず。
 ところで私たちの席の隣に座っていたお母さんと娘(小学生みたい)。とにかくずっと何か物を食べている。おなじみ瓜子の類、スナック菓子。休憩のたびに仕入れる果 物やトウモロコシ等々。あんなに食べたらお腹こわすぞ、というぐらい。お母さんも同じように食べている。
  なかなか賑やかな松藩の街を過ぎる。途中「紅軍長征記念碑」があるという方向が指さされた。こういう山間部を長征したという事実にちょっとびっくり。
 

川主寺 Chuanzhusi チベット文化にちょっとだけ触れる

 6時ごろ、川主寺というところへ。ガイドさんによると今日はここで宿泊となるらしい。川主寺は九寨溝と黄龍の分岐点にあたるところでホテルや土産物屋さんも多いとのこと。ホテルに向かうかと思いきや、その「川主寺」見学をするという。
 入り口でまずお札のようなシールを服に貼られる。つづいてチベット族の若い僧侶の説明がはじまる。「みなさん、できるだけ近く来てください。私の話す言葉がわかりますか?」とりあえずうなずく。不幸にも私たち日本人がほとんど最前列になってしまった。熱心に寺のいわれを説明する青年僧侶。そうとう歴史がある名刹らしいが、実はほとんど意味が理解できない私(だって仏教用語のような難しい言葉ばかり)
 寺の中に入っても説明が続く。読経の流れる中、いくつものグループがこうしてそれぞれの僧侶の説明に聞き入る。説明がちゃんと聞こえるよう、それぞれの僧侶はけっこう大声で話す。寺の中に反響してとても読経どころでない気もするが、それでもあちこちで延々と説明が続く。ちょっと苦行のようになってきた。しかし彼はまだ私たちが日本人とは思っていないようで、時々、同意を求めてくる。困るなあ。
 ようやく本堂から出て、解放!と思いきや、横にある店に行って、その後2階に上るように言われる。店はなにやら玉 製品を売っているようだ。中国人は好きだなあ。こういうの。単なるおみやげだと思ったのでとくに買わずに、2階へ上がる。2階は何があるのかさっぱりわからないが、けっこうな行列になっていて、何人かずつ、カーテンの向こうに呼ばれるようだ。少し待って私たちの番。わけのわからないまま、中に入ると、僧侶が真ん中にいて、みんなじっと頭を下げてじっとしている。私もそれにならう。気が付くと、かなり年輩の僧侶がお経を唱えながら、下で今買ったばかりの玉 のお守りを清めている。ようやくここでシステムが理解できた。私たちは何も持っていないので、かわりに小さなお守り袋をもらった。ありがたいもののようだ。 お礼をいう。みんなは何もいわずにそっと出された功徳箱へお札を入れて出ていく。 げ!いくら払うのだろう?結局10元と言われたので10元札を入れて出てきた。
 すごくそつのない寺だった。でもみんなは玉のお守りを手に入れて嬉しそうだ。
 川主寺酒店(よく覚えていない)のレストランで夕食。なんとなく自然に昼とほぼ同じメンバーで席につく。青島からの女の子は大学の英文学科に入る、ということでなかなか英語も得意だった。麻ちゃんとは英語で話す。西安から一人で参加しているおばさん、中年夫婦などがメンバー。「日本人は少食ねえ」と言われてしまう。そうかな??
  「豪華クラス」は結局、 私たちだけのようで4人だけ違うホテルに。泊まるホテルは川主賓館というところだ。室内は悪くはない、という感じ。明日は7時に迎えに来る、ということだった。それまでに朝食を済ませなければならない。
 私たちはすっかりクタクタだったけど、香港組はずっと寝ていたからか、妙に元気でこれからちょっとあたりを散歩してくるという。誘われたけど私たちはパスして 明日に備える。 ざくろの残りを麻ちゃんと食べる。このざくろ、なかなかおいしいのだ。水分補給にもよろしい。
 ところがこのホテル、妙に寒い。もちろん冷房は切っているのだけど、それにしても寒い。長袖でちょうどいい感じ。寒いので何枚か重ね着して寝る始末。

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