●ファン必見!趙雲を訪ねて大邑へ


8/25 成都-大邑 Chendu-Dayi いざ!大邑へ
  朝、小佳さんたちはホテルに8時前に来てくれることになっている。現れた小佳さん、のざわっち、そしてるみちゃん。今までメールだけのやりとりだった人がリアルな存在になって現れると、ちょっと不思議な感じ。小佳さんはもともと三国志好き同士、ポスペでやとりしていた人だったのだけど、彼女はついに三国志好きを貫くため、四川大学に留学してしまったのだ(とは私の見解なので他に理由があるのかも)。のざわっちは若い若い20歳。彼も相当な三国志好き。そしてるみちゃんは、「九寨溝へ行きませんか?」という私の誘いにメールをくれた人。彼女もこの8月から四川大学へ留学することになり、同じく誘っていた小佳さんにも伝えた。偶然寮の部屋が小佳さんのとも近いのだそうだ。彼女も20歳。若い!結局、いろんな事情から彼女たちは九寨溝へは不参加になったけど、成都にいる間はいろいろ行動を共にしてくれる。
 この前、空港から乗ったタクシーの運転手、龍さんも現れた。なんだかうれしそう。麻ちゃんから別 のお寺(だったか庭園だったか忘れた)へもできれば行きたい、というリクエストがあり、それをめぐっての交渉が始まる。まわりの運転手も半日包車して500元は妥当な数字であり、値引きは出来ない、という。さらに別 の場所へ行くとなると、もう少し色をつけてほしい、とのこと。交渉は小佳さんたちがやってくれる。 結局、話がややこやしくなりそうなのでその場所はあきらめ、450元までなんとか値切って2人は車中の人となった。2人とも中国語ができないのでよろしく、とよく言い含んでおいた。
 私ら大邑行き組はとってもマイペース。まず金沙バスターミナルまでタクシーで行く。14元。途中「METRO」という看板発見。空港からのタクシーでも見た気がする。成都にもいよいよ地下鉄が通 るのかと思っていたのだけど、そうではない。小佳さんによるとドイツ資本かなんかで作られた巨大なスーパーらしい。たしかに物流センターのような巨大な建物だ。ところが駐在員か、駐在員の紹介を受けた人しか入場できないのだという。いまさらそんなシステムが中国にあるとは!どんなにお金持ちでもつてがないと入れない。入れろ!入れない!でいつもトラブルが起こるらしく、新聞でも報道されたのだそうだ。
 8:45ごろ金沙バスターミナルへ到着。大邑行きは確かに10分おきぐらいにでている。小佳さんたちは4月頃大邑に行っているのだが、その時とバスターミナルが「変わっている」のだそう。大邑まで10.5元。うれしくてバスの写 真まで撮ってしまった。変なヤツ、と思われたに違いない。
 8:50分発のバスに乗る。土曜日だからか、車は満員。前彼女たちが行ったときははガラガラだったそうだ。車中、小佳さんからお茶好きの私に地元のお茶をいただいた。うれしい!しかも2種類だ。私も約束していた『三国志の大地』をプレゼント。2人とも口絵に感動。つい最近、彼らは敦煌へ行ってきたばかりでこの本を担当した編集の内田さんの奥さんがやっているカフェにも寄ってきたのだ。なんだか「つながっているなあ」という感慨がある。インターネットがなければ、そして私がホームページを持っていなければなかった出会いだからね。

大邑  Dayi  子龍祠に立つ!

 大邑に着いたのが9:51分、約1時間の道のりだった。くーっ!ついに来た。これが趙雲を祀る、大邑だ。小佳さんが言うようにとってもがらーんとしたなーんにもない街。いえいえ、ここに趙雲が眠るだけで充分だわあ。ここにあるのはタクシーと輪タク。彼女たちが交渉に臨む。しかし4月には1人3元で行ってくれたらしいが、3元ではだめだという。結局1人4元で決着。途中通 ったのが賑やかな市が開かれている通り。そこから比較的大きな通りにでる。なだらかな坂を上っていくので、輪タクのおじさんもかなり力を入れてペダルをこぐ。みるとこのおじさんもかなりふくらはぎが発達している。麻ちゃんが見ればよろこびそうだ。昨日の成都とは比べものにならないほどの距離だ。10分ぐらい走っただろうか、めざす「静恵山公園」に到着。
 静恵山公園は敷地が300m平方メートルもある大きな公園。だけどひっそりとしている。入場料は5元。あたりにいい香りがただよう。金木犀の香りだ。日本では10月ごろがピークだけど、ここは少し早いのだろうか。植え込みの木々の花も咲いていてなかなか雰囲気のいい公園じゃん、と思ったら、児童遊園地になっているコーナーがあってここがかなりキッチュ。「前にきたときもこの猿の記憶がやたら強烈だった」とのざわっちがいうように、乗り物についている猿のはりぼての表情がこわくて、夢に出てきそうな無気味な存在感がある。
 そこをつきあたると、いくつか露店がでている。その後ろにひっそりと「子龍祠←」の看板が立つ。「前に来たときは倒れていたんですよ」。その後直したらしい。あんまり趙雲を粗末に扱うと祟るぞ〜。貴重な観光資源であることを自覚したのだろうか?
 ここからは山道を登る。他に人はいないし、案内もとくにない。本当にあるの?と疑いたくなるが2人がいるから安心。階段はそれなりに山の登りという感じでこう配もある。九寨溝のいい練習になりそうだ。
 で、15分ぐらい登ってようやく目指す「子龍祠」に到着。祠の横の壁に赤く大きな字で「漢順平侯」と書いてある。そしてそしてご本尊は・・・やっぱりさんざん『三国志の大地』でも、私や小佳さんのホームページでも見てきた白髪のじじい、趙雲が鎮座していた。脇を固めるのは彼の息子、趙統と趙広だ。
 そこへおばちゃん登場。どこにいたんだろう。線香などを買わないかと営業をさかんにはじめる。そんなおばちゃんを無視し(あとで線香は買うから)、まずは気の済むまで記念撮影。しかし像はじいさんなので、ビジュアル的にそれほど食指が動かない。うう。周囲に飾られてある扁額などを撮影したり、『三国志の大地』の口絵(以前よりは若干飾りが増えているようだ)を広げて撮影したりする。そういえば『三国志の大地』に映っている趙雲は一人。今は両脇に息子たちがいるから、10年の間に多少は賑やかになったことが分かる。いつの間にか中国人の親子が来て、記念撮影だけすますとさっさと帰っていった。もう少し敬ってよ、って感じ。
 さんざん写真を撮ったので、そろそろお参りをしようと思うのだが、さっきのおばちゃんがいない。あきらめて帰っちゃったのかなあ。でも商売道具の線香類はおきっぱなしだし・・・しばらく周りを見回してみるが人影はなし。適当にお金を置いて線香をもらっちゃおうかと思っていると、おばちゃんが再びどこからか登場。
 線香は3元。ところが細かいお金の持ち合わせがなく、5元札を出すと、おばちゃんは「お釣りがない。残りは賽銭箱へ入れておくから」(推定)みたいなことを言う。本当かあやしいけど、少しでもここの維持に役立つのならま、いっか。
 こうしてお祈りも済ませ30分ほどの訪問は終了。ここはもう十分だ。そうして今回の目標である、趙雲のお墓があったところはどうなっているか探索に行く。ここのおばちゃんも「学校にある」といっていたようだ。  

哀れ、墓跡には近づけず・・・

 山を下り、公園の出口でたむろっていた輪タクのおやじ、昆虫売り(クツワムシみたいな羽根のついた昆虫を棒のさきに2匹くくりつけ、風車のようにまわるものを売っている)にのざわっちが聞いてくれるけど、なかなか思うような情報が得られない(私はほとんど聞き取れない。ひどい訛りだ)。「この道を歩いていくと子龍街があるうんぬ ん」ということなので、とりあえず歩く。小さな河の脇はずっと柳などが植えられ、なかなか静かな雰囲気。しかしこの大邑という街、あんまり活気がないなあ。15分ぐらい歩いてついに子龍街に。趙雲の名前がつけられた道があるというだけで感動してしまうけど、まあ、いたって何の変哲もない地方の道にすぎない。「子龍街」のプレートを写 真に撮り喜んでいる私は地元の人からみればそうとう酔狂な訪問者だろう。
 で、ここでもたむろしていた年輩のじいさんに聞き込み。しかし「+☆●?★$■」って感じで本当に中国語か?と疑いたくなるような返事。それでも比較的言葉が通 じる人から「近くの学校にある」ことを聞き出した。歩いてすぐのところにあるという。
 「留学生の友達でやっぱり趙雲のファンの子がいて、その学校に行ったらしいけど入れさせてもらえなかったらしいよ」と小佳さん。彼女らもここにくるのは初めて。
 橋を渡ってすぐ、なかなか立派な門構えの学校「大邑職業高級中学校」を発見。門扉は開け放たれている。興奮する私。ずんずん入って一応門番のお兄さんがいるので聞いてみる。彼はちょうど昼ご飯を食べようとしているところだった。
 さて私は既に運動場の先にある、古びた建物に釘付け。その朽ちた建物は間違いなく本の口絵にあるかつて趙雲廟があったという建物なのだ。周りを妙に新しい塀が囲っている(しかもかなりミスマッチ)。さらにこの裏にかつてのお墓があるはず。
 ちょっと写真を撮らせてもらいたいんだけど、と頼む。彼は「だめだめ。ここは学校だ」。それでものざわっちと小佳さんが粘るので「じゃあ、ちょっと聞いてくるから待っていろ」。その間にも生徒が出入りしている。いいなあ。ここの生徒!
 ダメ、と言われてからでは撮れないので、その間に遠目ではあるけどその昔の趙雲廟を撮ってみる。門番のお兄さんが戻ってきて、やっぱりダメだ、という返事。「写 真を撮るだけだ。日本から来ているんだよ」と粘るがだめ。その周りにいた生徒が「撮らせてあげたら?」と応援してくれたけど、彼もだんだんきつい口調になってきて「廟は公園に移っている。今は学校になっていて授業も始まっている。俺たちに迷惑をかけるな」。これ以上粘ってもダメそうなので、残念ながら撤収。文革のバカバカ・・・文革さえなければ趙雲は安らかに眠っていただろうに。だって朽ちてはいるけど、この廟の方が規模も大きくりっぱなんだもん。かなり後ろ髪を引かれたけど、これ以上はどうしようもない。帰ろう。

ここに趙雲(じいさん)アップ写真(ちょっと重いよ)

おまけ・大邑に趙雲のお墓があるわけ(「子龍の部屋」にもあります)

明清時代のある地方史の志書の中に記載がある。志書にいう「趙雲は晩年、羌族がしばしば山中から平原の民衆を襲撃したので、これを守るために命じられて大邑の静恵山を領地とした。趙雲は民心を大事にし、軍を指揮し、戦いに勝った。羌族、漢族の民衆はともに彼に心服した。趙雲の死後、当地の人々はみな深くその恩恵を感じ、朝廷に対して趙雲を当地に葬るよう、強く要求した。諸葛亮は民意に従い、これによって趙雲は大邑に葬られることになった。」

大邑-成都 Dayi-Chendu 大都会・成都へ戻る

 橋のところには輪タクならぬ、4人掛けのバイクタクシーがたくさんいる。バスターミナルに行ってほしいというと、5元で行くという。3人乗れるわけだから割安だ。座席はとてもせまく快適とはいえないが、さすがにバイクの方が早い。
 思わぬ時間をとったために、すでに12時30分をまわっている。麻ちゃんたちもそろそろ成都に戻っているに違いない。お腹も減った。早く成都へ戻らねば、と思っているとバイクは緑豊かな田園地帯を突っ走る。市街地とは全く違う方向という感じだったので大丈夫なの?と思った頃、大きな道に出る。すると運転手はここがバス停だという。だけどバスターミナルなんてないじゃん。「なんだよここは?困るよ、バスターミナルまで行ってよ」と2人が抗議。しかし彼はここからなら(途中なので)成都まで8元で行ける。バスはすぐ来るからという。親切で先回りしたところに来てやったんだい、ってな感じ。(私はよくわからなかった)本当はバスターミナルに戻って大邑の地図でも記念に買っておきたかったんだけど、しかたがない。そうこうするうちに成都行きのバスが来たので乗り込む。確かに8元で安くはあったなあ。
 いつの間にか寝てしまい、起きるとすでに成都の市街地に入っていた。金沙バスターミナルに再び戻ってきた。やばい、もう2時近くだ。あわててホテルまでタクシーに乗る。
 部屋に戻ろうとカードキーを指してみるがなぜか空かない。すると近くに服務員のお兄さんがいて「Check Out?」と聞いてくる。「ううん、違う」というと、とりあえず彼が持っているスペアキーで部屋を空けてくれた。麻ちゃんの携帯に電話してみると、やはりあらかじめ約束していたホテル近くにある「仙踪林」で待っているという。3人でホテルを出ようとしたらちょうどホテルに入る李さんに会った。「君たちの友達が香港から来るんだろう?今空港へ迎えに行っているよ。僕はここで待っているんだけど、君はどこへ行くの?」「まだお昼を食べていない。これから近くで食べてくる。すぐ戻るから」。
  仙踪林のブランコ席に座り「揺れていた」二人を発見。さっさとすますために、昨日の探索で見つけた「台北豆[将水]大王」(こんな名前じゃなかったけ?)へ。ここは早いし安いんである。るみちゃん、なんでも新鮮に見えるようでさっそくメモ。私は雑炸面 を注文。6元。味も結構なもの。お腹いっぱいになった。
 ホテルに戻る。香港組の部屋は1815号室という。「みんなで待っているんです」。shou-daiがそう内線で言っていた意味が部屋に入ってわかった。
 李さんと見慣れないおじさんが部屋の奥にある椅子にどん、と並んで腰掛けている。ドアをあけてすぐにその光景が飛び込んできたので、なんだか可笑しかった。こうしてみんな待っていたのかあ。李さんは要するに明日からの九寨溝ツアーの連絡と精算にやってきたのだった。もう一人の人も旅行会社の人でそれにして香港組が提供した日本からのお菓子をバリバリと食べ、まるで自分の部屋にいるようにふるまう中国人。
 契約書には私たちの団体名称を書く欄がある。「う〜ん、何にしようか?」(以前私たちのグループは三游会という名前を使っていた)「四川で四人だから四游会でいいんじゃない?」「それで行きましょう」。こうしてにわか仕立ての「四游会」はメンバー全員が揃い、いよいよ九寨溝に行く機運がもりあがってきた。
 「夢幻暇期」のバッジをもらう。お金は香港組がまだ入国したばかりで中国元の手持ちが少ないこともあり、とりあえず1000元を内金として支払う。あとは明日、ガイドに払うことに。結局「豪華A」クラス、1080元。それとなぜか外国人である私たちは20元の「調整費」なるものを取られるので結局一人1100元ということだ。
 それと別に希望している「臥龍パンダ研究所」への包車はだいたい1000〜1200元をみておいた方がいいという。それもガイドに相談してほしい、ということだった。話はあまり通 じていないんだなあ。そうして李さんともう一人は出ていった。
 さてここで賑やかに7人になったことだし、昨日聞いた四川料理の名店「銀杏」にトライすることになった。「予約は早ければ早いほどいい」と言われていたので、さっそく小佳さんが電話で予約をしてみたけど、すでにいっぱい、ということ。土曜日だしやっぱり厳しいわねえ。そんで考えた結果 、私が北京で取材した「皇城老媽」の本店(店)に行くことに。「あ、そこ成都一おいしい火鍋って聞いたことがあります」とのざわっち。
 そのパンフが部屋にあったので取りに戻る。私のやり方がまずいのか、やっぱりまたドアが開かない。おかしい。再び香港組の部屋にもどり、麻ちゃんを呼ぶ。「やり方が下手なのかなあ?」すると彼女がやっても開かない。どのカードでも同じ。どうなっているんだ。フロントに行き、どうなっているの?と聞くと、なんと私たちの部屋は2日分しか予約されておらず、つまりこの日にチェックアウトすることになっていたのだ。そういえば朝食のミールクーポンは明日の分がなかったっけ。見せてもらった書類にもそう書いてある。「ごめんね。チェックインの時気がつけばよかった」まあ、結局その部屋が開いているのでもう1泊する、ということで事なきを得たけど、ここでも旅行会社の李くんの詰めの甘さ、おっちょこちょいぶりが露呈されたんである。ちゃんとこちらは3泊、とリクエストしたのに。(多分彼の単純な連絡ミスだろう)
 で部屋問題が解決して、紆余曲折はあったけど予約も無事に出来た。そのまま部屋でおしゃべりしたりしてまったりの時間を過ごす。
 その後、タクシーに分乗してレストランへ向かう。タクシーで20分ぐらいで玄関に着く。びっくりするぐらいゴージャス。レストランというよりまるでホテルの玄関だ(というか私たちのホテルの玄関より豪華)。みんな車でやってきて、二人のお兄さんがドアをさっと開けてくれる。しかし後続の車に乗った4人がなかなか着かない。予約は小佳さんの名前で入っている。仕方がないので玄関の周りなど記念撮影をして時間をつぶす。それでも現れないので中に入ると・・・
 足下が大きなガラス張りになっていて、古い成都の街なみのミニチュアがある。ここをおっかなびっくり眺める人、わざとガラスの上を力強く歩いて見せる人、といろいろ。横にあるベンチに腰掛け到着を待つ。しかし普通 にくればいくらなんでも着いているはずと思い、店内にある公衆電話で携帯にかけてみる。しかしうまく通 じない。今回はさすがに中国語ができる人たちとも一緒だから心配ないと思うのだけど・・・。そこへお店のお兄さん(美形)がきて、この公衆電話は使えないから横にある電話を使いなさい、という。彼は結局私のかわりに電話をかけてくれた。それでもやっぱりつながらない。
 予約時間もすぎ、手持ちぶさた。もう一度お兄さんに頼んで電話してもらう。今度は通 じた!「いやあ、運転手さんがお店を間違えちゃって、今向かっているところ」。しばらくすると4人が到着。なんでもここだ、といって降ろされた店は全然違っていて、さんざん探したあげくようやく着いたのだそうな。こうして席についたのは7時。7人なので2つの鍋を囲むテーブルに通 された。
 豪華で凝った内装、とっても清潔な店内。辛いスープ「紅湯」とマイルドな魚のスープ「白湯」の2種類が楽しめる「双味」のスープを注文。牛肉や鶏肉、かえるにきのこに・・・。お店オリジナルの黒ビールがメチャおいしい。タレもいける。しめて1人121元なり。高級。美味。話も弾む。 (この店の様子は別サイトにレポートしてます。こちら
 さてこの日は例のワールドカップ予選の日。別のカラオケルームではテレビ中継していて、それなりに盛り上がっている。ホテルに帰るとちょうど試合が終わったばかりで、監督がインタビューを受けているところだった。試合結果 はいったいどうなんだ?なかなか結果が表示されず、監督はあんまり嬉しそうではなかったので、ひょっとして負けたのか?と思ったけど、ちゃんと勝ったようだった(その後何回か試合の模様が再放送されていた)。
 3人と分かれ、再びタクシーで部屋に戻って荷造り。というのも明日からの4日間は毎日宿泊場所も違うし、バスのスペースが限られるだろうから荷物はコンパクトにしないと。しかし麻ちゃんはスーツケースで行くつもりだったようだ。それはさすがにやめたほうがいいので、結局私のばかでかくなるコンパクトザックに2人分の荷物を入れることにした。とにかく朝7:30集合。晴れますように・・・

 


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