東京から成都へ

8/23 Tokyo-Osaka  東京-大阪  最初のハプニング
 朝4時。ほとんど眠れないまま、目覚ましが鳴った。もうろうとしつつ、有楽町線の始発に乗るために身支度を整え、自転車で出発。前日は台風だったけど、天気もよさそうでフライトも大丈夫だろう。
 有楽町駅で乗換、浜松町からモノレールに乗る。託送したスーツケースをピックアップしてJASのカウンターに向かう。国際線用カウンターに並んでいるのはいかにも「それ」とわかるツアーの人たち。ほとんどが中年のおじさま、おばさま方。絶対九寨溝に違いない。だっていかにも山の格好なんだもん。
 関空へ向かう飛行機に搭乗し、自分の席に座って離陸を待っているとき、ふと前の席につこうとした人を見てびっくり。土屋先生なのだ。(みんなで92年に行った四川旅行はこちら)なんという偶然!もちろん土屋先生もびっくり。「昨日夜中まで仕事をしていて、そのまま来ちゃったからひげずらだなあ。こんなことならちゃんとしてくるんだった」。私もどうせ中国行きの飛行機ひとり旅だと思ってほとんどすっぴん状態。あらあら。

Osaka-Guangzhou 大阪-広州 最初のアクシデント
 関空に着いた。初めての関空はどこか香港の新しい空港と似た雰囲気という印象。結構混んでいる。JASのカウンターに行って並びの席になるように替えてもらう。
 適当に免税店などをのぞいてみたけど、成田よりはげしい店員さんのセールストーク。さすが商人の街!飛行機に乗り込み、そろそろ出発というとき、スチュワーデスがやってきて、「お客様すみません、ちょっとよろしいでしょうか」と『連行』される。いったい何事?心配して先生もついてきてくれた。
 搭乗のカウンターへ行くと、「お客様の荷物がセキュリティにひっかかっているんです」。はあ?
 「なにかヘアスプレーとか、スプレー式のボンドとかそういうものをいれていらっしゃいませんか?」ああ?
 あ、そうだ。「もしかして酸素ボンベでしょうか?」。ガイドブックでは現地で酸素ボンベなどを売っている、とあったけど日本で買っていった方がいいかと思い、スーツケースに入れていたのだ。「爆発の危険がありますので、こういったものは飛行機に乗せられないんです」。仕方がないので職員のみなさんが見守る中、スーツケースを開けて中にある酸素ボンベを取り出す。ああ、ハズカシイ。さっそくアクシデント1。幸いまだ搭乗していない人もいたみたいで、私のせいで離陸が遅れる、という事態は避けられた。
  広州行きの便は観光ツアー客と出張と思われるビジネスマンがまじっている。3年ぶりぐらいなので土屋先生と今の仕事のことやみんなの近況報告などずっといろいろな話をして過ごす。先生は羅浮山という道観を訪ねるのが旅の主な目的だそうだ。すごいなあ。しかし改めて同じ便に乗り合わせた偶然にびっくり。ちなみに映画やエンターテイメントのメニューはイマイチ。気の利いた中国映画でも上映してほしかった。

Guanzhou 広州 本場の飲茶で休止休止
 ということで5分遅れ、ほとんど定刻に広州到着。いいぞ、これで 国内線との乗り継ぎもスムーズにいって、麻ちゃんとの合流も問題なさそう。
 「今日はとくに予定がないから、国内線の見送りをしますよ」と土屋先生。ここで田淵さんという方から国内線のチケットを受け取ることになっている。出口をみると男性が私の名前を持ってたっている。挨拶もそこそこに、「いや実はフライトがなくなりましてね」なぬ ??なぜか急に私が予約していた便がキャンセルになり、その後に飛ぶ便に「吸収」されてしまったんだそうな。いきなり中国の国内線の洗礼だわっ!それによると約4時間ほど時間があく。「空港にいてもなにもありません。少し時間がありますので、荷物を預けて広州を回りますか?私がお連れしますので」。う〜ん、予定外の広州観光になってしまった。土屋先生もなりゆきでおつきあいいただけることに。それにしても広州はさすがに蒸し暑い。
 まずタクシーで先生が泊まることになっている東方賓館に向かう。妙にガラーンとしたロビーが印象的。ちなみに私はその隣の中国大酒店に帰りは泊まることになっている。
 「どこへ行きたいですか?」うん、困ったなあ、こういうことは予想していなかったので、広州関係の資料はスーツケースの中なのだ。
 「名前はわからないんですけど、公園にみたいになった庭園があって、お茶が飲めるところ」。
 で、連れて行かれたのが[さんずい+半]渓酒家というところ(後で調べたらかなりの有名店だということ)。確かに庭園風の中庭があって、飲茶をしている。しかしここが人で満員。空く気配もない。平日の、3時だぞ〜。
 
気を取り直して別の飲茶ができるという店へ向かう。着いたところは「陶陶居」。ここは最近仕事でやっているサイトで情報を取り上げたばかりで私も多少知っている。確か3階が飲茶になっているんだよね〜。が、ここも満員状態。座れない人が周りでブラブラ待っている。まいったなあ。さすが人気店。
 結局、その斜め前にあるレストランへ。ここは前の2件よりは空いている。テーブルは2人のおやじ、おばあさんとその孫(太った男の子)らしき2組がいる。空いた席に座って、とりあえずお茶(烏龍茶)を注文。出された烏龍茶はいやにほこりっぽいけど、味は強くて武夷岩茶系。
 おばあさんと孫の男の子がとにかくあきれるほどよく食べる。 とくに排骨(スペアリブの煮込み)をおいしそうに食べているので注文。確かにおいし〜。これぞ本場の飲茶。
 道すがら田淵さんの素性?をいろいろ聞いていたけど、なかなか自由に生きている人らしい。 今回のハプニングもいい機会になったと言ってくれた。単に国内線のチケットの手配を頼んだだけなのに、半日ひっぱり回すことになり申し訳ないのだが、ホントに1人だったらもっと呆然としていただろう。
 3人で7品食べて(エアシステムの機内食がイマイチだったので)会計してびっくり。21元。午後の飲茶は1品3元の安さなのだ。満足満足。
 とはいえ、そろそろ成都の空港に着いているであろう麻ちゃんと連絡して、先にホテルに行ってもらわなきゃ。一人で不安に違いない。っていうんで外に出て、公衆電話から電話をしてみる(前に北京で買ったICテレホンカードを持っていたのですんなり)。 何回かトライするうちに彼女に連絡が取れた。通りのど真ん中だったけど、思わず大喜び。 成都の空港に着いたばかりという。私の便が18:15分発になるので先にホテルに行ってもらうように伝える。田淵さん経由で旅行会社に連絡して迎えに来てもらうようたのんだのだが・・・。とりあえずまた電話することにしていったん切る。

Guangzhou-Chendu 広州-成都 やきもきの4時間
 土屋先生と別れ、再び空港へ。チェックインの長い列に並ぶ。便名の下に手書きで何か書いてある。「いやな予感がしますね」と田淵さん。え?確認して戻った田淵さん「アンラッキーが続きますね。便は7:15になるようですよ」ひえ〜また遅れるの?へなへな。麻ちゃんにまた電話。さらに成都到着が遅くなることを伝える。
  「旅行会社の出迎えはこないみたい。飛行機で会ったすごく親切な人がね、旅行会社に送っていってくれる、っていうの。今その人とそこへ向かっているところだよ」そんなところで電話が切れた。
 親切な人だって?大丈夫かな。 田淵さんもチェックインを見届けてお帰りに。することもないので空港の売店を見たりしてぶらつく。それでも時間をつぶせないのでMDを聞いたりする。
 麻ちゃん、順調なら今頃ホテルのはずだ。携帯に電話するがつながらない。「電源が入っていない。またお掛け直しください」のアナウンスが流れるだけ。たまたま電波の悪いところなのかな?その後10分おきぐらいに電話をしてみるが、やはりつながらない。
 さらに悪いことに時間になっても一向に搭乗が始まる様子がなく、「遅れている」という案内だけ。「インフォメーションするから」というアナウンスが何回も流れる。「游途愉快!」(よい旅を!)というアナウンスの最後の言葉が神経を逆なでにする。不愉快にしているのはあんたたちだよ〜。 中国ではよくあることだとわかっちゃいるけど、麻ちゃんに一刻も早く合流したいのに、なんということ!しかも相変わらず麻ちゃんの電話はつながらない。ひょっとしてさっきの親切な人、というのは実はとんでもない悪い人で、いまごろ犯罪に巻き込まれているとか???疑念はどこまでも膨らんでいく。
 8時ごろ、ようやく搭乗開始のアナウンス。最後にと電話してみるがつながらない。
 日本のツアー客(たぶん九寨溝ツアー)もいたのだが、「なんなのか、日本語のアナウンスがないとわかんないねえ」と無茶苦茶なことを言う。「私たちの添乗員さんどこへ行ったのかしら?」とパニックになり、他のツアーの添乗員に聞いたりしている。 添乗員さんってほんと、大変だなあ。つくづく今回の旅行、結果的に少人数になってよかったと思う。
  とりあえず搭乗が始まったということは飛べるということなので喜ばしいが、乗り込んでからもひと騒動。離陸が遅れる、というアナウンスがあったのだ。もー。飛行機に乗ったら電話することさえできない。ところが周りの中国人はだいたいみんなケータイを持っていて遅れるという電話しまくり。また着信もありまくり。本当に彼らは離着陸時に電源をOFFにするんでしょうか?
 結局乗り込んでから飛行機の中で待つこと1時間。広州を発ったのはほぼ9時近く。予約した便から5時間30分遅れて離陸だ〜。麻ちゃん無事でいてくれ〜。
 途中、中国風のカレーライスらしき機内食が出た。心配でほとんど喉を通 らず。「空中小姐」はとっても美人だがにこりともせず、むしろ怒ったような表情でサービスをする。同僚と話す時は笑うくせに。そもそもあんたらの飛行機が遅れるからこんな事件(勝手に事件になっていると決めている)になるんだぞと、うらんでみたりする。もしも成都でまだ麻ちゃんがホテルにいなかったら、すぐ大使館とかに電話したほうがいいかな・・・などと最悪の事態を想像して眠ることもできず。

Chendu 成都 9年ぶりの成都で再会!
 10時30分すぎ、成都へ。成都の空港は9年前と同じ。つまりボロいままだ。荷物が出てくるまで時間がありそうだからトイレに行く。ドアが妙に低くて中の人がいるかすぐわかってしまうトイレ。これもそういえば変わっていない。するとある日本人のおばはんが私が入っているドアを見るなり、「あらやだ、人がいるわ」これにはむかついた。ドアはもちろん閉めているし、見えてしまうのはしようがないじゃん。自分だって入ればこうなるんだ〜私は日本人だ、言っていることわかるんだぞ。
 荷物はなかなか出てくる気配がないので、電話してみる。つながった!もうほとんど悲鳴。
「いや〜、こっちは麻ちゃんが悪い人につかまって監禁でもされちゃったかと思ってホント心配したんだよ」「ごめ〜ん。知らない間に何かにあたって、電源がオフになっていたの。ずっと気が付かなかったから」ひえ〜。でも一応無事でよかった。
「あ、それで旅行社の李さん(今回連絡をとりあった人)が空港へ迎えに行く、って言ってたよ」「え?こんなに遅くなったのに?空港で待っているの?さすがにもう帰ったんじゃないかな」
 半信半疑で出てきたスーツケースをピックアップして、出口にでる。そうそう昔と変わらないなあ。いきなり外だもんね。 すんごく暗い中(ほとんど照明なし)、それでも迎えの人が大勢待っている。暗い中私も自分の名前を探してみるが見つからない。人が多いので札を探すのが大変だし、第一暗くて近づかないと字が読めない。
 結局見つからないのであきらめて、タクシー乗り場へ。ここはなんつーか、あまり順番というのがなく、そこに停車しているタクシーが思い思いに客引きをしている。夜遅いし、とにかく早くホテルにいかなきゃと思い、女性ドライバーに近づいた。(まだ安心できそうだから)
 「華洋花園酒店知っている?」「知ってる」「じゃあお願い」。彼女はまだ若く元気な女性で、仲間達に「私が今日一番いいお客を乗せるわ!」と大声で嬉しそうに叫んだ。私って上客なの?でもカモられないぞ。ホテルまではだいたい30分ぐらいだという。
 途中、麻ちゃんが無事ということで少し落ち着いて運転手の彼女と話す余裕もでてきた。彼女も積極的に営業を始める。「九寨溝へは行くの?」「行くよ」「いつから?」等々。少し四川のなまりはあるけどなんとか会話が成立する。そうだ、三星堆のこと聞いてみよう。「友だちが三星堆に行きたいっていうんだけど、だいたいどれくらい時間かかる?半日で大丈夫?」「高速があるから半日で大丈夫」「包車すると半日でいくら?」「うーん。だいたい500元ぐらいかな」500元か。旅行社で頼む(800元)よりは安いなあ。「いつ行くの?」「行くならあさって。彼女に相談してみないとわからないけど」「名刺を渡すから、BP(ポケベル)で呼んでね」
 やがて成都の市街に入っていく。「92年に来たことがあるけど、成都って変わったね」これ実感。どこの街でも感じてしまうけど、とにかく中国って変化の速度が著しい。途中、小佳さんたちが留学している四川大学、前に泊まった錦江賓館を通 る。派手にライトアップされたホテルをみてしみじみ。昔は成都でナンバーワンで目立った存在だったけど、これだけ周りに新しいビルが増えるとかすんでしまうなあ。
  華洋花園城大酒店は塩市口という、天府広場にも近いにぎやかな街中にあるシンガポール資本のホテルで、准4星というのだそうだ。99年にできたばかりで新しく清潔感がある。フロントに部屋番号を聞き、20階へ。部屋の前では麻ちゃんが待っていてくれた。やっと会えた、感動の再会場面 。ぐすん。
 通された部屋は新しいし、GOOD! 禁煙フロアなのもいい。これで300元なら大満足だ。
 麻ちゃんとこれまでの不安と苦難にみちた一人旅(オーバー)の様子を話しあい。
 というより私の予想を裏切り?彼女はかなり順調にきたらしい。広州でも結局「親切な人」にホテルまで連れて行ってもらったんだと。成都で世話になったのは成都の大学に通 う「郭くん」という人で、旅行会社からホテルまで同行してまるでガイドさんのように世話をしてくれたそうだ。本当にただの「親切な人」だったらしい。
 だけど私の心配を知り、一歩間違えれば危ないことだったのだ、と彼女もよくわかったそうだ。そんな話をしていると、「ぴんぽーん」とチャイムが。誰だ?
 麻ちゃんが「あー!」と声を上げる。「はる姉、リーさんだよ」
 ドアが開くとそこには「柔道をやっていました」的な体格で短髪、目がくりっとした李軍偉さんが立っている。私を見るやいなや、容赦せぬ 中国語で機関銃のように話し出した。
 「え?君を空港でずっと待っていたんだよ。なのにこないからホテルに来たところなんだ。え?いったいどうやってきたの?」
 「見つからなかったからいないと思って自分でタクシーに乗ってきた」 「アイヤ!」「ごめんなさい」というと「没事r、没事r(いいよ)」と繰り返す。言われてみればこの顔、空港にいたような気がする。ただ彼が持っていた紙は異常に下に下がっていて、書いている文字が読めなかったのだ。もう、肝心なところで・・・まあとにかくこうして無事合流できてホッとした。
 ところで李さんは「25日の川劇、見られない」という。「なんで」と聞くと、「中国隊のサッカーの試合」云々と、川劇とまるで関係ない単語を話し出す。よくつながりがわからないので紙に書いてもらうと「2002年日本韓国ワールドカップ」??はあ?なんで来年のW杯と成都で見る川劇が関係あるの?よくよく聞いてみると、その予選が25日あって中国代表が試合をするそう。なんだかそのせいで25日の川劇はやらないそうなのだ。(今回、組み合わせにも恵まれ中国代表はWカップ初出場の大チャンスなのだ)29日はやっているということなので、それで頼んでおく。この会話にかなり時間がかかった。もう12時だ。

 明日は8時に迎えに来るとのこと。それではおやすみなさい。

 

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