アディオス!メヒコ 第8日目(2005.9.29)

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<第7日目

スムーズに帰国のはずが・・・

 9/29 夜中から腸が少し活気づいて、何回もトイレに。やだな、今日は飛行機の移動ばかりなのに、お腹、大丈夫かな。
 6時に起床。空港へはホテルに付けていたタクシーで。150ペソだった。
 メヒカーナのカウンターへ。係は若いお兄さん。
「ハロー!」お兄さんはちゃんと英語で挨拶をした。これをロス・アンヘルスの地上職員に見習って欲しい。それどころか、マイレージの登録、ロス−成田間のチェックインまで済んだ。グッジョブ!だ。
 席は窓際だったので、少しウトウトするか、窓の景色を楽しんだFOTO FOTO。が。まさにロスへの着陸態勢になったころ。お尻の緊急信号発令!が、無情にもシートベルトサイン。
あふ。あふ。約30分あまり、精神力で持ちこたえるFOTO。ロスの空港に着くなり、さっそくトイレに急行する。

お腹と闘いつつ、入国審査とも闘う

 落ち着いて、さあ、鬼門の入国審査へ。前に並んでいた日本のおばちゃんたちの要領が悪く、勘弁してよ〜と思いつつ、出頭。すると「このカードではない」と言われる。え?え?スタオが応援に駆けつけて分かったのは、私たちが書いたグリーンカードはアメリカのビザを持っている人用で、持っていない人は白いカードだという。
 はあ?だって機内で配られたのは全員この色だったぞ〜。そういえば行きは白いカードだったなあ。しようがないので、イチから振りだし。記入台に戻って白いカードに記入する。すると、そこへ、大量の関空発JAL便に乗ってきた、大量の日本人が到着、列に並んだ。
 やられた!!しかもそこに、思わぬ刺客が現れた。
 行きの時もいた、太った日系のヒゲオヤジ。日本人の世話係という役目。態度が超偉そうなんである。口のききかたを知らんのか、とどつきたくなる。実際丁寧語とか、知らないんだろうなあ。
 私もスタオも、さっき書いたグリーンのカードを見ながら、白いカードに記入していた。ほぼ書かくことが同じだからだ。そこへ、おやじ。スタオのカードを見て、「どうしてあなた、これがいるの?なぜ持っているの?要らないでしょ?」詰問口調だ。
 ピキ・・・心の中で、スタオも私も「緒」が切れた。
「そうですね!要らないです」
 聞いていた私もムカムカ来た。書き直しているんじゃあ、文句あっか!
ヾ(`ε´)ノ
 なぜか私には指摘せず。
 すっかり関空からのご一行様に吸収されてしまった。関西弁に囲まれる。そこへさっきの日系ヒゲオヤジ。「はい、カード見せて下さい」一人一人のカードの事前チェックを始めだした。偉そうだが、女性には優しく「ここ書いていませんよ」と指摘。
「あいつ、なめとる!男には厳しいのに、タダのオヤジじゃあ!」きれるスタオ。とにかく米系航空会社以外でロスに行かれるみなさま、とくに男性はヒゲオヤジに注意してください。
 ようやく係官の前に。Gaoさんだ。東洋系?「高さん?」そのGaoさん、私のパスポートを見て、やたら多い中国のビザを凝視。ちょっと緊張したが、再び指紋を採り、入国(したいわけじゃないのに)。それよりはよ、トイレ行かせろ!一週間コロコロだった反動がかなりきているのだ。

添乗員って大変ねえ。

 しかし、苦行はまだまだ続く。すっかり時間がかかってしまったために私のスーツケースは、ターンテーブルから降ろされ、ちょこん、と置かれていた。ピックアップして、税関を通らないとならない。「ああ、日本人の荷物来ました」誘導され、セキュリティを無事通過、荷物を開けての審査はなかった。
 苦行は続く。今度は乗り換えるSQ便に、荷物を預けなければならない。ここでもJAL便のお客様が滞っていた。よーくみると、みなさんはJ○Bさんの「ラスベガスツアーご一行様」らしい。ラスベガス便へ荷物を預けているのだ。係員はあきらかにきれている。人が多い&要領を得ない。こんなに思い切り紛れてしまって、私たちの荷物は大丈夫なんだろうか。スタオに頼んで私はトイレに。
 トイレに出たとき、お出迎えしていたJ○Bの人に、泣きつくおばちゃん3人がいた。
ロスで降りるのに、ラスベガスまでの飛行機に荷物を預けてしまったんです」 
「え?そんなこと、だってありえないでしょ?」
ありえるようだ。
「だって、みんな預けていたから・・・」
みなさんはラスベガスにはいかないんですよ。なんで荷物、預けちゃうんですか」
ふう、ご愁傷様です。添乗員&現地係員ってたいへーん。 私なら一日ももたん!(客の大切なもの、なくしそう)
 ようやく預け終わってSQのチェックインカウンターに行った。グアダラハラでもらった搭乗券は席からして窓際のようだったので、換えてもらうのだ。
「彼女のお腹の調子が悪いので、通路側にしてもらえますか?」

風雲急を告げるお腹

 こうして、なんとか通路側を確保。トイレに行きつつ、時間もあるので買い物をする。ゲーリーさんになって、だんだんトイレの回数が増えてくる。こんなときにウォシュレットだったら、痛くないのに。トホホ。
 日付変更線を越えるまでは優しい宣言をしているスタオが「マックにサラダあるから、買ってくる。それなら食べられるやろ!」なぜか10分もかかりマックのサラダを持ってきてくれた。
 することもなくなったので、出国手続き。トイレに行った分意味があったか?アメリカ滞在4時間。
 常に胃腸用ホメオパシーを持っていたが、運悪く、残り1回分しか手元にない。
 スタオを先発させて、ギリギリまでトイレにこもり、飛行機に乗り込む。一応ダメもとで、「お腹の調子が悪いので、食事は軽いものとか、ありませんか?」と聞いておく。やっぱり今回もベジタリアンメニューがよかったのだろうか。
「軽いもの、というわけではありませんが、和食だと比較的さっぱりしていますから、お取り置きしておきましょうか?」といわれたので頼んでおく。また、席は3人がけだったが、窓側の席は空いていたので、比較的ゆったり使うことができた。配慮してくれたのかもしれない。
 ところが、やはり離陸準備に入ったころに、ゲーリー信号発令。ううう。さっきよりがまんするのが、きつい。20分の辛抱だ。
ううう。(:.;゜;▽;゜;.:)
「ポン!」シートベルトサインが消えた。ほとんど同時、走るようにしてトイレへ。この後も3時間ほど、トイレとの往復が続く。7回まで数えていたが、あとは覚えていない。

最後のネタはロスト・バゲージやった

 みんなが寝静まった頃、ようやくお腹の調子が落ち着いてきた。
スタオ、「スクールウォーズ」を見て感動している。
「ほれみぃ。言ったとおりやろ?」岐阜弁トークする余裕もできてきた。

 ようやく成田に着いた。さ、「シュウマイ弁当」でも買って、家にさっさと帰ろう。
 「やばいよ、荷物出てこんかも」
「嘘や!たいていドキドキさせても遅れて出てきたりするもん」
だが、ついにターンテーブルは止まってしまった。
これって、いわゆる「ロスト・バゲージ」?
「どかーん!」
 なんてこった。私たちの荷物はどこに行ったのだろう?ラスベガス?シンガポール?それともまたメヒコに戻っちゃったとか?
「MD入っとったのに。あとおみやげも!!」
・・・ 翌日の夕方、荷物は無事シンガポールで発見された。

後日談・・・

 さて、取材を受けた新聞は、地元の「エル・ソル・デ・イラプアト」。ちゃんと記事にもなっていた。記事(もちろんスペ語)

「あ!スタジアム100行ったことが書いたる!」
え?本当に?
「でも、微妙に、2人で行ったことになっとらんか?」
確かにスタオの指摘通り。
 要約すると、「2人の日本人旅行者は世界中のスタジアム100を訪れた」
・・・いいわけをするわけではないが、私はちゃんと「彼は訪れた」という動詞を使っていたのだけど、結局新聞記者にとっては、1人だろうが、どうでもいいわけで、2人が行ったことになったのだった。(あるいは通じていなかったか)
「どかーん!」


おまけ*写真いろいろ。FOTO

 

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