メヒコ、第2の都市へ  第7日目(2005.9.28)

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コロニアルホテルの優雅な朝・・・ならず

 9/28 今回の旅では唯一、朝食がついている。朝ご飯<睡眠 のスタオもタダだと聞けばいやとはいうまい。初めて少しゆっくりめの8時半起床。それでもお腹のせいで2回起きた。そのたびに水を入れて冷たい携帯ウォシュレットに泣かされる。お湯ならもう少し効果もあるのに!!
 毎朝ぐずるスタオをたたき起こすのは大変だ。時間がかかるので、その分を計算して身支度。スタオには「これからの分は荷物整理がしやすいよう、1日分ずつ服を下着から全部そろえておいて、圧縮袋に入れとくんやよ」と命令されていたが、そうはいかん。姐の気分は秋の空。朝の気分で服を変えることだってある。結局3日分、つまり3つの袋を開けて空気を入れてしまい、起きたばかりのスタオにあきれられる。
「意味ないやん!」
 1階に下りると、広場に出ているテラス席か、中の席か、好きにしていいといわれたので、外の席にした。ところが日差しはしっかりやる気になっているのだが、夜の冷気がまだ残っていて、肌寒い。そのためか、テラスで食べるのは私たちだけだった。
 朝食は「メキシコ風オムレツ」FOTOを注文。しっかりペーストとタコスがついてきた。オムレツは、ハラペーニョが効いていて、なるほどメヒコ風。オレンジジュースがおいしかった。
 朝食を食べて再び屋上へ行ってみる。近くのラ・コンパニーア聖堂FOTOやグアナファト大学FOTOもよく見える。青く晴れ渡った空に、色とりどりの家が映える。FOTO

グアナファト限定フィエスタに遭遇

 パッキングを済ませたあと、昨日行けなかったアロンディーガ・デ・グラナディータスが10時から開いているはずなので、出かける。
 ところが・・・広場で朝食を取っているときは気が付かなかったが(平日なのに、子供が遊んでいるな〜とは思ったものの)通りに出て驚いた。原宿・竹下通りも真っ青な人通りなのだ。よーくみると、通りの両脇に人垣ができている。何かあるのかな?歩けば歩くほど、何か通り沿いのイベントのために、人が席取りしているのがわかる。何があるんだろう。昨日、お店のマダムが言っていた「フィエスタ」ってこれのこと?すごい人ごみをかき分け進んだために通りを右折、坂を登ったところにあるアロンディーガについたのは10時を少しまわったところだった。
 門が閉まっている。あれ?まあ、少しぐらいの遅れはよくあることだ。ところがお兄さんが一人出てきて、
「残念ですね。今日はフィエスタだから、閉館です。アスタ・マニャーナ!(また明日!)」。
 明日、って言われたって、明日はないんだよ。ということでグアナファトの歴史的建造物、見られず(泣)。
 だけど、なんのフィエスタなのかさっぱりわからない。少なくても全国規模の祭日ではなさそうなのだけど・・・今日の街の出し物と関係があるのだろうか。
 再び通りから、ホテルに向かう。さっきより人が増えている。いよいよパレードが始まるのだろうか。見物人を目当てに、いろんな物売りも活躍中。すごいのは「ソンブレロ」(日よけ)売りだ。紙製のかさで、雨が一度でも降ろうものなら、たちまちずぶぬれになる。日よけ効果もあまりなさそうだが、結構売れている。サッカーといい、こちらの人はそのときの状況に合わせて現地調達が習慣なのだろうか。

パレードの主役たち

 市庁舎前の近くにきたとき、マーチが聞こえてきた。始まるのか?マーチングバンドの行進に続いて、たすきをかけたスーツ姿のお偉いさんが数人行進してきた。
 さらにバシリカFOTOの前にさしかかると、「ウノ、ドス、トレス!」と掛け声を合わせてパレードが始まった。「ミス・グアナファト」じゃないかと思われる、ドレス姿の若いセニョリータFOTOにみんな盛んに歓声を上げるが、当の本人はまだぎこちなく、下を向いてしまう。続いて「グアナファト・ライオンズクラブ」の偉いおじさん、そのご夫人たち。「1、2」声をかけて足を合わせ、やたら力が入っているおばちゃんたち。
 オープンカーに乗って、またまたやってきた若いセニョリータもはにかみながら手を振る。キャンディーだかを投げているので、沿道の人たちもいっそうもりあがる。
 次もオープンカー・・・「!え!」。その車には今は重量級、かつてのセニョリータが3人乗っていた。同じように、派手なドレスを着て、同じようにキャンディーを投げている。恥ずかしそうにしていた現役セニョリータと違い、「今日の主役は私よ」とばかり、ドレスがきつかろうが、なんだろうが、ありったけの笑顔でお菓子を投げまくる。その堂々としたなりきりぶりに感動した。すばらしい。メヒコのおばちゃん、すばらしい・・・万歳!
 このとき、カメラを持っていたのはスタオ。おばさんたちのあまりのパワー(毒気)に圧倒され、写真撮影のタイミングを逃してしまった。お姉さんたちは撮っていたのに・・・残念。
 あとは「○○学校」の行進が続く。制服をきちんと着てかしこまって行進している。父兄か関係者は身内の行進になると、さかんに声をかけ、必死の撮影。広場の角にあるビルの2階が即席の実況席のようで、DJよろしく盛り上げるのがうまい。
 ここで鉱夫の格好をした男の子が通った。横断幕には「グアナファトの革命の日」とある。なるほど。あの鉱夫はたぶんピピラなのだろう。独立戦争がはじまってピピラが活躍したグアナファトの攻防戦の記念日なのではないか。だからゆかりのアロンディガが閉まっている。今日はあそこでなにかイベントでもあるのではないか。
 あとで調べた↓9月28日はグアナファトの「アロンディガ・デ・グラナディタス奪還?の日」だそうだ。やっぱりスペイン軍と戦った、ピピラが活躍した日らしい。
Día de la Toma de la Alhóndiga de Granaditas (28 de septiembre). Desfile cívico-militar para conmemorar la toma de la Alhóndiga de Granaditas y la heróica hazaña de "El Pípila", al incendiar la puerta de dicho edificio y vencer al ejército español.

「あんな小さな子もばっちりオールバックにポマード。やるなあ」
スタオは最初からメキシコ男性のオールバック率の高さに感心していた。たしかに小学校のお坊ちゃまたちも、きちんとポマードで固めたオールバック。直毛の黒髪が多いからかもしれない。スタオによると、「オールバックは目立つが、ハゲは少ない。これは民族性なのかもしれない」と分析していた。私は食習慣もあるのではないかと思う。
 そんなわけで、アロンディガが見られなかった代わりに、地元のお祭りが見られてよかった。

乗り合いタクシー

 そろそろいい時間になってきたのでホテルに戻り、チェックアウト。バスターミナルまでのタクシーを頼む。電話をしたお姉さんに「5分待って」といわれたので、写真などを撮って過ごしていると、ベルボーイがやってきて「タクシーはこない。ここから2ブロック行ったところだとタクシーがくるから、そこまで行って」。パレードでごったがえす旧市街のまっただなかにあるホテル、フィエスタで思うようにタクシーがこられないのだろう。やれやれ。それより11:30のバスに間に合うのだろうか。20分は車でかかるのに、あと30分しかない。大急ぎで歩く。石畳の道はスーツケースにはつらい(持つのはスタオだ)。5分ぐらい歩いて、ようやく1ブロック。
 ディエゴ・リベラ博物館の近くで後ろから古ぼけたタクシーが通りかかった。これぞ神の助け。が、助手席に一人乗っている。だめか、と思ったら、タクシーは停まった。「バスターミナルまで」というと、「乗りな」のジェスチャーをして、後ろのトランクを開けてくれた。これで間に合いそうだ。
 旧市街を抜け、昨日とは違った道路に出る。「どこからきた?日本か?」と、普通の会話が始まった。たどたどしいが英語ができるのだ。助手席の青年も英語で話しかけてくる。ところが、どうも車はどんどん山の方へ向かっている。「バスターミナルと違う方向や!」ちゃんとバスターミナルまで、と言ったんだが・・・。こちらの不安をよそに、運転手のおじちゃんは山間部に立てられた新しい建物を指差し、「あそこが新しい大学」「こっちは国際会議場」。「ふるい街と新しい街、1日ずつ見るのにかかる」と勝手にガイド、こちらの心配どこふく風。「あとですぐ戻るから」と言ってはいるが、ここは11時30分のバス、と言っておいたほうがいいだろうか?
 山道を登ったところで、青年が降りた。やっぱり客だったようだ。要するに、私たちは「乗合タクシー」になったのだった。タクシーがつかまりにくい状況だったので、仕方がないといえるだろう。
 Uターンし、猛然と山道を走る。そんなわけで結局発車10分前にバスターミナルに到着した。ところがおじちゃん、「シンクエンタ(50)」を請求してくる。50だって?とーんでもない。昨日ダイレクトに行っても35だったんだ。35ペソが定額なはず。相乗りさせておいて、割増にするとは、何事だ。「ノ!」と拒絶、40ペソを渡す。おつりはくれなかった。 やや気分悪かったが、5ペソは足元見られた分、仕方がないとしよう。メキシコ・シティのそれよりはまだかわいいもんだし。
 売店で昨日のイラプアトの記事、つまり私たちが載っている新聞がないか、肝心の紙名を聞きそこなっているので手当たり次第探す。結局見つからなかったが、全ページをめくったので、さすがに1部購入。

(帰国後、新聞社のサイトにある記事を教えてもらいました。ちゃんと、記事になっていました)

マリアッチの街、グアダラハラへ

 グアダラハラまでは4時間。メキシコ・シティ-ケレタロ間のバスには負けるが、これもボルボ製のゴージャスバス。軽食はサンドイッチではなく、クロワッサンだった。これに地雷ハラペーニョがはさんである。飲み物もミネラルウォーターを選ぼうとしたが、ファンタかコーラしか残っていなかった。

スタオ、いきなりエンジン全開

 車窓を眺めながら、うとうとしつつ約1時間ほど行ったところで、高速を降りた。どこかの街に行くのか、と思えば、レオン。スピードを落とし,バスはゆっくり市街地の方に入っていく。レオンといえば、やっぱりメキシコワールドカップになったスタジアムがあって・・・寝ていたはずのスタオが騒ぎ出した。まもなく、
ああああ。あれや!」と歓声を上げる。
 バスの左手に緑色のスタジアム。そこで、バスは右折・・・いきなり興奮しだした日本人をまわりが珍しそうに見る。
(いや、興奮しとるのは私やないんやけど)
「また通るかな?」もう気が気でない様子だ。ほどなく、バスターミナルに停まった。
「もういっぺん、高速に乗るために、同じ道を戻るはずや!だから今度は右手に見えるはずや!」。
 視界が広い後ろの座席に移動し、カメラをスタンバイして、いつでもこい、のスタオ。
「そんなん、寝とる場合やないよ。まじで」
もう何も言わん。気がすむまでやってくれ。
 「まだか、はよ、出てよ」と待ちきれないスタオ。10分ぐらいたっぷり停まってから、再び発車。予想通り、右手に見えてきたが、信号待ちがなかった分、ちょっとスピードが速い。「パシャ、パシャ、パシャ」連写モードでそのスタジアムを撮るFOTO
(これで撮影できなかったら、しばらくテンション低くなってかなわんな〜)と心配していたので、安心した。スタオにはスタジアム・マニアとしての美学があるので、撮影だけの場合、訪問したスタジアムにはカウントしないんだそうだ。だから101目とはならず。
 レオンのスタジアムは少なくてもイラプアトよりは大きい感じだった。

メヒコ風車窓を楽しみ、到着

 さて、ここからはグアダラハラまでスタジアムもないことだし(笑)、寝ておく。
 ふとめを覚ますとメキシコの広大な草原がどこまでも広がっていた。ところどころとうもろこし畑やアマランサス(雑穀の一種)の畑FOTOがあるが、巨大なサボテンしかない荒野が続くFOTO
 こうしてようやくグアダラハラのバスターミナルに到着。このバスターミナルはグアダラハラ郊外のトラケパケという町にある。10キロほど離れた市内へはバスかタクシーで行くしかない。
 他の町のように、タクシーチケット売り場を探したが見当たらない。タクシーの列はあるが、みんな運転手と交渉が基本のようだ。近づいてきた運転手に地図を見せ、値段を聞くと、200という。冗談ではないぞ。やっぱりここはメキシコ第二の都市。メキシコ・シティ並に気を引き締めなければ!
 わりとまじめそうな若い運転手に再度交渉すると、160というので、手を打つ。

イマイチなホテル

 20分ほどでオテル・プラサ・ロス・レイエスについた。このホテル、ネットで直接予約したのだが、何度メールしても返事がこず、やきもきしたところ。フロントは愛想とやる気のない女性が3人。一番やる気がなく、笑うのが損だと思っていそうなおばちゃんが応対する。ついでにハリスコ・スタジアムへの行き方を聞く。「道をまっすぐ」ああ、そうですかい。ベルボーイ、ならぬベルオヤジがエレベータを上るとき、「夜、チバスの試合見に行くのか?」と聞くので「そうだ」と答える。
 
 中型の、ほどほどに部屋数もあるホテルなのだが、ちょっと古めで内装もリニューアルされていない感じ。一応、エアコン付きという部屋にしたのだが・・・ ああ、やっぱりシャワーのみ。メキシコで、乳頭温泉は入れず
 とりあえず私は観光、スタオはチケットを買いに(&見学に)スタジアムに行くことになった。メヒコ最後の街、最後の観光、がんばらなくちゃ。

インフォのお兄さん、スタオに当惑す

  スタジアムまでの行き方を詳しく調べるため、観光案内所をめざす。ホテル前の大通りを歩き、高架になっているところを登ると、小さなインフォメーションのブースが見つかった。スタオは今夜観戦するチバスのホーム、ハリスコ・スタジアムとは別に、グアダラハラにあるもう一つのチームの3月3日スタジアムにも色気を出している。地図でみると結構郊外なのだが・・・
「行き方を聞いてみればいいやん!」
「え〜代わりに聞いてよ」あほか。自分が行きたいんだから自分で聞け。インフォメーションなら英語が通じるだろう。
 スタオ、まずはハリスコ・スタジアムの行き方を聞く。すぐ近くのバス停から10分ほどで行けるらしい。
「今日の相手は・・・うん、ここだからチケットが売り切れっていうことはないと思うよ。たぶん買えるよ」
「ありがとう。And・・・3月3日スタジアムにはどう行けばいいのですか?」
「うん?3月3日スタジアム?」
 困惑するお兄さん。そりゃそうだろう。たった今別のスタジアムの行き方を聞いたのに、こいつなんだ?と思っているだろう。
「だって、そっちでは試合は今日ないよ」
「わかっています。ただスタジアムに行きたいのです」
ほわーっと?」( ̄O ̄ )
 お兄さん、明らかに理解不能な顔をしている。ただスタジアムを見たい、というおばかなスタジアムオタクを相手にするのは当然初めてなんだろう。苦笑い。
どーうしても行きたい?」このナイスな切り返しも笑えた。
「・・・はい。行けるのなら」ニコニコっ!
「うーん。わかった。じゃ、よく聞いてね。スタジアムは郊外にあるんだ。地図で言うとここ。まずは、「Gomez Farnasのバスターミナルに行って(と、私たちが持っていた、「歩き方」のコピーの地図に書き込む)、51-C番の「△△行き」に乗る。そこからたぶん・・・40分ぐらいかな。ただできればタクシーで行った方がいいと思うよ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
お兄さん、Good jobだ。
「どうするの?」
「うー。行きたいけど、時間からしてさすがにちょっと無理や。あきらめて、とりあえずハリスコ・スタジアムに行ってくるわ。その間、観光したいやろ?じゃあ、時間を決めて待ち合わせしよ」

そして運命の単独行動

 待ち合わせ時間は6時、このインフォメーションの前になった。1時間20分ぐらいしかない。 だけど私が行きたい観光スポットはシッピングモールになっている高架の端と端だから、移動にはそれほどかからない。両方見えているぐらいだ。
「もし時間があったら、Banamexでお金おろしといてくれん?無理せんでもいいけど」
実はスタオのこの一言が悲劇を招くのである。

メヒコ6つめの世界遺産は・・・

 オスピシオ・カバーニャスの前で記念撮影をしてもらってスタオと別れる。
「気をつけてえね」
 世界遺産になっているオスピシオ・カバーニャスは救貧院、孤児院、または文化施設??と訳される、昔の施設だ。 左右シンメトリーな、ちょっと寒々しい外観FOTO
 入場チケットを買うとき、後ろから甲高い賑やかな声が聞こえてきた。
「!!」
「ここに並びなさい、ラピド、ラピド!(はやく!)」3人ほどいる引率の先生がややキレ気味に指示している。30人ほどのお子ちゃまたちの社会科見学、か。え?5時近くになって?
きゃーきゃーきゃ。
 やばい。こんなんに巻き込まれたら絵の鑑賞どころではなくなる。
小走りに建物の中FOTOに入る。
 真ん中のドームを見上げると、オレンジと黒の強烈なタッチで描かれた「スペインのメキシコ侵略」という壁画がある。オロスコというディエゴ・リベラに並ぶ、代表的な壁画運動の担い手による作品だ。
  ベンチは天井に描かれた天井画FOTOが見えるようになのか、幅広くつくられている。そこで寝そべってみるのだ。ハラキリ女には反り返る姿勢が苦しいので、ありがたくベンチに寝てみる。1枚1枚シャッターを押すが、天井の写真はどうしてもぶれてしまう・・・他の壁画FOTO FOTOも例によってでかいので、どうやって撮るか、かなり悩む。これを描くには想像を絶する体力がいっただろうな。

お子ちゃま乱入

そこへ。ペチャペチャペチャ・・・
きた・・・ ( ̄∀ ̄;)   
 石造りの、ドームになっている建物は足音でさえ響く。そこへさっきのお子ちゃまたち。まるでコンサートホールのオルガンなみに音が反響する。しかも高音。
 先生がキレながら「しっ!」と一喝。一瞬静かにはなるのだが、あくまでも一瞬。
・・・キャーキャーペチャペチャ! 「しっ!」
 輪になって座らされる。みんなの服にそれぞれ名札がついている。「RAUL」というお子ちゃまもいる。
 職員らしいおじさんが出てきた。

キャーキャーペチャペチャ! 「しっ!」
「それでは説明しますよ。私の名前は○○・・・。みんな今日は静かに僕の話を聞いてね。じゃあ、みんなまず上を見て!」
 つられて私も上をみる。そうだ。この子供向けのスペイン語なら、私にも少し聞きやすいかも。ちょっと聞いていこう。
「何が見える?これは何の絵?」
「はい!」何人かが手を挙げる。当てられた子が立って発表するFOTO。あまりに反響するのでちょっと聞き取りにくい。
 子供たちはしばらく集中して聞いていたが・・・
キャーキャーペチャペチャ! 「しっ!」
ついに一番うるさかったRAULくん、先生に怒られる。
 暗黒の、騎士像の男FOTOを指して「あれは誰だ?」「コルテス!」「そう。何をしている絵?」
 また手を挙げた子が当てられる。
 さらに別の絵FOTOを指さして、「あれは何かわかる?ABCDって描いてあるね。スペイン人がやってくる前はABCはなかったんだよ」
 この天井にはスペイン征服からのメキシコの歴史が描かれているFOTO。1枚1枚を丁寧にその絵の意味、そこにどんな歴史があったのか子供たちに教えているのだった。あきているRAULくんとかはいるが、子供たちも熱心に聞いていてちょっと関心。そして「壁画運動」の目指すものを実際に間近で見た気がした。うむむ。深いぞ、この世界遺産。
 気がつくと、5時20分。 そろそろ撤収しないと間に合わないので、子供たちを残し、出た。

お土産も即効買い

 ところがちょっとティエンダをのぞくと、三角形の定義をデザインしたTシャツがあった。うーん。これ欲しいかも。フニベル(ジュニア)サイズがあるというので購入。80ペソ。唯一買った自分のおみやげだ。さらにポストカードを物色すると、ハリスコ・スタジアムの写真があったので2種類購入。ああ、なんて優しいんだろう、私。う、いよいよもって時間がなくなってきたので急がなきゃ。

カテドラル

 高架の反対側、ちょうど相対するように、カテドラルの黄色い屋根が見える。とりあえずカテドラルを目指して歩く。
 デゴジャード劇場を過ぎFOTO、リベルタード広場を横切って、10分ほどでカテドラル前のアルマス広場FOTOについた。さすがに第2の都市。人も昨日、おとといに比べて多いし、街の規模が大きい。しかしこんなに人はいるのに、日本人観光客には一人もお目にかからない。観光地としてはあまりメジャーとはいえないからね。
 カテドラルに入ってみるが、ミサの最中。静かに信者がお祈りをしていてなんだかシャッターをきるのも緊張し、手ぶれしてしまった。ピンクの暖かい内装がきれいだった。

もう一つのオロスコの壁画

  さあ!ガンガン行かねば。と思う。標的は同じアルマス広場に面した、ハリスコ州庁舎FOTOなんだが、入口に警官が10人ぐらいたむろしていて、かなり躊躇する。でも行かねば、と突撃。引きつった笑顔で「おら!」と言ってみる。意外にも優しく笑顔で「アデランテ!」と通してもらえた。2階にあがる階段にさっそく壁画が描かれている。 一人のおじいちゃん警官が近づいてきて「ノ、フラッシュ」 と言ってきた。「シ、シ!」
「立ち上がるイダルゴ神父」。イダルゴ神父は思っていたよりずっと大きく描かれていたFOTO。この場所でイダルゴ神父は奴隷解放を宣言したそうだ。やっぱり壁画は圧倒的な力がある。観賞用に平板なキャンバスに描かれたのとは違う、とにかく空間をすべて使い切って表現する。だから圧倒的に迫力があるのだ。オスピシオ・カバーニャスは主に高い天井に描かれていた絵だったので、この「大きさの迫力」はあまり感じなかったが、階段の壁を埋め尽くすこの壁画FOTO は見るものをまるで包み込むような立体感で迫ってくる。イダルゴ神父の怒り、情熱、祖国への想い、すべて感じて欲しいんだというオロスコの熱い思いが伝わる。本当にここへ来て、見てよかった。これにこめたオロスコの想いを考えると、じわっと胸が熱くなる。私はこういうのに弱い。
 あとは会議場の壁画だ・・・中庭をまわるとFOTO 「コングレス」という案内板を見つけたので行ってみる。
 州議会の会議場の天井もやっぱりド迫力の壁画がある。こちらのイダルゴ神父はさきほどよりは穏やかな表情をしているFOTO。これもとうてい1枚の写真には収まらなくて、かといってどこをどういう角度から撮っても不満足で悪戦苦闘FOTO FOTO
 しかし、こういう壁画の下で議員はやっぱり「独立の精神忘れまじ」と常に意識して会議に出るんだろうな。少なくてもいつもイダルゴ神父がにらみをきかせているから、居眠りはできないね。日本の国会もなんかの絵を天井に描いたら?

そして私は迷子になった

 見終わると、6時7分程前。今から戻ればちょうど時間通りに着きそうだ。庁舎を出て、一瞬向かおうとしたが、さっきの言葉を思い出した。
 Banamexはたしかここからすぐ。ちょっと遅れるかもしれないけど、お金をおろしておこう。簡単な「歩き方」の地図のコピーによると、メトロの駅から1ブロック先のはずだが・・・あれ?おかしいなあ。 通りの名前がわかればいいのだけど、地図には書いていないし・・・もう1ブロック先かな・・・グルグル回っているうちに焦ってきた。戻ろう、確かこの方向ならさっきの高架があるはず・・・なのに、ない。なんで?方向が違うのか。早足で大きな通りを歩く。とにかく、頼りの通りの名前の表示があまりないのだ。しかも持っているのは簡単な地図なので、通りの名前が書いていない。知らない間にある教会に出た。これは・・・たぶん方向違いの場所にあるサンフランシスコ教会だ。だとすればこれを右折すれば、ホテルの前のインデペデンシア大通りにでるという感じ。
 いや、まて。不確かな道を行って傷口を広げることになるかもしれない。ここは原点に戻り、唯一目印となるカテドラルへ戻ろう。幸いビルの合間から、チラチラとカテドラルの黄色い屋根が見える。だいぶ来てしまったが、とにかく戻った方が安心だ。 すでに20分も迷い続けていた。
 びえーん。心の中で大泣きしながら、カテドラルに戻る。そして、広場を抜け、ようやくさきほどのショッピングモールの高架に出た。小走りに戻ると、スタオがこっちを見て立っていた。6時25分。
 びえーん。迷子になって、母親に泣きつく心境だ(経験はないけど)。
「どうしたの?心配したんやで」
 すっかり権威を無くした私。敗軍の将、兵を語らず。
 とにかくすまぬ!!!

最愛の彼女へのプレゼント

 すっかり時間がなくなってしまったが、近くのリベルタ民芸品市場に行くことになっていた。なにしろろくなおみやげ物を買っていないのだ。スタオの大好きな女の子にもおみやげが必要だしね。
 同じような品揃えの店が多く、値段もたいていは同じな感じ。私は仕事先用に「ココナツ・ロール」というのを買ってみる。
 さて、衣料品を無造作に「つるし」で売っている店でちょっとカワイイ木綿のワンピースを見つけた。胸元にお花があしらわれていて、オーガンジーのリボンもついている。
 「かわいいでしょ!」さっそくおばちゃんがセールスにやってきた。「何歳用?」「2歳」。「いくら?」[200ペソ」。うーん。それは高い。 スタオは200ならいらないという。 おばちゃんはあれこれ私に話しかける。
 なぜ私が他の女のために値段交渉することになったんだ?
 しかしさっき権威は失墜してしまったので、おとなしく任務を遂行する 。たまたま隣に他のワンピースを見に来た客が来た。注目していると、ほとんど値引きしている風でもない(元々安い値段からスタートかも?) 結局、160ペソで購入。スタオがおみやげにお金を使うのは画期的である。

100試合目めざして

 ホテルに戻りスタジアム行きのバスに乗り込む。サポーターで満員。なのに、バスの室内はまっ暗。室内灯がないばかりか、黒いカバーで覆っているので暗い。こんなんだったら、スリに遭っても分からない。
 15分ぐらいで到着。屋台も出てすでにかなりの盛り上がりようFOTO。さすがにメキシコで有数の人気チームだ。
 今回、アステカ・スタジアムでの教訓から万全の「カメラ&MD持ち込み大作戦」を立てた。海外観戦100試合目のスタジアムで撮影&録音不可になったら、スタオがどれだけ落ち込むか、考えるだけでオソロシイ。
・リュックは停められる危険があるので、得意のスーパー袋にまとめる。
・女性の方がチェックが甘いので、私が袋を持つ
・さらにウインドブレーカーでくるんで、セキュリティチェックで触ってもわからないようにごまかす。
 お腹が減っていたので、屋台のタコス屋さんでタコスを注文。おいしくてスタオ、おかわりっ。
 私は中での観戦のお供用に、から付きピーナツを購入。屋台で「焼いている」と思いきや、蒸し焼きにしているのだった。中は柔らかくくせになる味。まさに観戦にぴったり。
 さて、準備は整った。チバスサポーターが歌って踊っての大盛り上がりの中、ゲートへ。入場ゲートでは係のお姉さんに私の持つ袋を何度も触られたが、無事に中に入れた。
 場所的にはやはりゴール裏の2階席。大きなスタジアムなので、少し遠いFOTO。平日と言うこともあって、客の入りは半分ぐらい。だけど50ペソの安い席なので、周りはそれなりに入っている。チバスのマスコットは山羊FOTO。山羊の縫いぐるみ帽子がかわいいFOTO。かけ声を合唱する応援はほぼ他のメキシコチームと同じ。1番のゴールキーパー「ウイリアム」が女の子に人気だった。スタオは100の紙を持って記念撮影FOTO
 試合は1-1。スタオと全部で3試合で何点ゴールが決まるか、を賭けていたが、2人の予想を大きく上回り合計11点。
 35分になったところで、混雑をさけるために早めに撤収。大通りに出ると、ちょうどスタジアムからの臨時バスが停まっているところだった。

メヒコ最後の夜

 スムーズに帰ることができたが、ホテルに戻ると11時だ。
疲れているけどメキシコ最後の夜ぐらい、ちゃんと食べたい。あらかじめ目を付けておいた「ラ・チャタ」というレストランへ行く。営業時間は12時までとなっている。もうオーダーストップしているかも、と思いながら歩いて10分ぐらいのレストランへ。ところがこのレストラン、厨房が店先にあり、すっかり終了モードだったので、もうダメかと思ったが、ボーイさんが、ニッコリ招き入れてくれた。
 注文したのは、ハリスコス・セット。でてきたのはやっぱりタコスと、エンチラーダス。「ネグロ」という黒ビールも飲んだ。満足して、歩いてホテルに戻る。

アヤシイ商売の「男性」???

 んん?さっきから気がついていたのだが、ホテルの前の大通りの辻辻に、マリアッチの格好をした男性が立っている
「あやしい商売みたいや」
 まさに、そんな感じ。だが、それは変な誤解で、マリアッチ楽団の勧誘らしい。というより、まったく気がつかなかったが、ホテルの前はそのものズバリ、「マリアッチ広場」というのだ。だけど約3メートルおきぐらいに、ぴちぴちの民族衣装を着た男性が立っていると、確かにアヤシイ。
 それにしてもさすがマリアッチの本場だ。だが待てよ?そんなにマリアッチ、つまり歌って需要があるもんなのか?男たちの数は30人ぐらい。いくつか複数の楽団があるようだ。客がいない中、みんなぼーっと立っている。こういう人はプロなのか、それとも昼は別に仕事を持っているんだろうか?(とても割りに合わない商売な気がする)それでも1時すぎ、車に乗っていた人が頼んだようで、賑やかな音楽と歌が聞こえてきた。
 ・・・ところで、私たちは重要なことにようやく気がついた。ホテルのサッシのたてつけが悪く、窓がきちんと閉まらないのだ。これでは割高なエアコンの部屋にした意味がない。
 仕方がなく、窓の隙間からマリアッチの歌声と、それよりひっきりなしの車の騒音を聞きながら荷造りし、眠ることになったのである。これがメヒコ最後の夜とは・・・

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