1997.3.21〜29

ベネツィア

フィレンツェ

ローマ

 


3/21 東京〜フランクフルト〜ベネツィア

 

 ルフトハンザでフランクフルトへ。ドイツの会社らしく、合理的できちんとした応対。隣の英国青年と少し会話。お父さんの職業だという「BEEFEATER」がわからず、苦悩する。

 フランクフルト空港で自転車&電気自動車が走り回っているのに驚く。DM、リラ、円の計算ができずパニックに。ベネチアへ乗り換える日本人は他にいない。途中窓からアルプスの山々が見える。チーズをはさんだ、おいしいサンドイッチが出てくる。続いて飲み物のサービスをまっていたが、急に大気の状態が不安定になり、サービス打ち切り。喉がかわいたまま定刻通り着陸。上空からベネチアの島がおもちゃのように見える。ちょうど夕刻で茶色の屋根がいっそう光っている。周囲(本土側)の煙突が立ち並ぶ工業地帯と対照的。

 水上バスは2万リラ。1時間15分もかかったが、確かに水の都だということが確認できた。くいで仕切られた航路を行くことになっているらしい。運転手はときどき前を見ているだけでおしゃべりに夢中。

 サンマルコ着なのでそこから「数歩」とあったホテルはすぐにわかると思ったが、暗いのと道があまりにも入り組んでいて、ガイドブックの地図ではわからないために右往左往。

 ホテル・アラは三ツ星。はじめ、ダブルベッドルームに通されるが、パス。部屋は狭いけど、内装はシンプルでわりとモダンな感じ。「自動靴磨き機」を発見。電源を入れるとブラシが回転する。それに靴をあてればきれいな靴に。

 呼び込みおじさんに誘われたバールで軽食。ジェラートも食べる。陽気なおじさんだった。

 こうして長い一日がおわる。


3/22 ベネツィア

 朝食はバイキング。ヨーグルトや果物もついている。どうやら日本人は私達だけらしい。フロントの応対もなかなか親切。

 まず、アカデミア美術館へ歩く。ほんの5分ほどでついてしまう。大運河がとてもきれい。カルパッチョの絵(初めてカルパッチョの由来を知る)、やたらでかい「レヴィ家の饗宴」、ティントレットの「サン・マルコの奇跡」など。

 サン・ロッコ信者会まではヴァポレットで。1日券を買う。ティントレットの天井画がすごい。25年かかったそう。

 歩いてリアルト橋へ。観光客で道は原宿状態。サンマルコ広場へ戻り買い物&観光。塔に登る。

 夕方、ゴンドラ・セレナーデのツアーに参加する。三漕のゴンドラで出発。アコーディオンの演奏とカンツォーネを歌うおじさんが一緒。大運河を通るのもいいが、狭い運河に入ると歌声が響き、なかなか趣がある。ときどき橋の上にいる観光客が拍手を送ってくれたりして、楽しい。

リアルト橋まで歩いていく。サンマルコ広場の北側も商店が並んでいる。観光客で道は原宿状態。

夜はリアルト橋近くのマドンナで食事。日本語のメニューもある。クモガニのサラダとシーフードの盛り合わせ、舌平目のグリル、ケーキ。とにかく満席で、帰る頃には行列ができていた。


3/23 ベネツィア〜フィレンツェ

サンマルコ寺院、ドゥカーレ宮、コッレール美術館

ドゥカーレ宮は元首がいた宮殿。ここもまたすごい天井画や絵画でいっぱい。溜息の橋をわたり、牢獄へも行く。

コッレール美術館は案内板の不備?でなかなか出口に出られず苦労した。

有名なカフェ・フローリアンでひとやすみ。チョコラッテは思ったほど甘くなかった。といっても砂糖を入れなかったからだと思うけど。その後昨日寄ったシルクのお店で再びショッピング。立ち食いバールでサンドイッチ。

ホテルを出て、ヴァポレットで駅へ。

列車はフィレンツェ経由ローマ行き。スペイン人の団体ツアー客と一緒になるが、とてもマナーが悪い。日本人の比じゃないと思う。約3時間でフィレンツェへ。

さほど迷うことなくホテル「プリマヴェーラ」に到着。ここだけ、追加料金を払ったのに2つ星。バスタブがない。よほどフィレンツェのホテル事情は悪いらしい。こじんまりして、わりとモダンな感じのインテリア。フロントにおじさんひとり。愛想はいい。

 

夜、ベネチアでは全く車がなく、別世界のようなところだったので、車が往来する通りになかなかなじめない。歩いてドゥーモ周辺に向かう途中、ガイドブックにのっていた「ガルガ」を発見。確か夜は予約が必要と言うことだが、念のため入ってみる。空席はあるのだが、予約がいっぱいらしく「9時までなら」といわれる。残り約1時間30分。意を決して入る。

 

なかなか日本語が達者なおじさんのアドバイスでメニューを決める。ガルガ風のサラダがいける。ここで「カラスミのスパゲッティ」を発見。お勧めだという。これが塩辛いからもう一品は「オレンジのスパゲッティ」がいいという。少々不安だったが、頼んでみる。これが本当においしい。ワインはキャンティ・クラシコ。時間がないのでドルチェはパス。もう少しゆっくり食べればまだそんなことはなかったけど、短時間に一気に食べたので苦しかった。

 

ホテルに戻るとフロントのおじさんがいない。チェックインする客も困っていた。裏の部屋で寝ていたらしい。大丈夫か?お腹が苦しいので胃薬を飲む。


3/24 フィレンツェ

なんと、雨。今日は月曜日で主な美術館が休館なので、それ以外のところを見てしまおうと思っていたのに、残念だ。とりあえず、ドゥーモを見ることにする。ガイドブックには9時からとあったが、行ってみると10時から。しかしとくにすることもなく、写真撮影などをして時間をつぶす。薄いピンク色と緑の組み合わせがとても美しい。

リッカルディ宮へ。ここは時間で区切って中の絵をみるらしい。少し時間があるので、外へ戻ると露天商が連なる道に出た。そのあと、市場見学。佐々木さんに頼まれていたイタリアンパセリの種を探す。

リッカルディ宮に戻り、2階の「東方三博士の礼拝」を見る。ガイドブックほど金が目立たない。どれが三騎士なんだかわからない。

 

もう一度露天商の道を歩く。観光客目当ての店だがなかなか手頃なものが並んでいる。そのうちに、中央市場を発見。中に入ってみる。1階は肉などを売るお店、2階は青果などだ。結構楽しめた。雨も止んだようだ。

 

駅の方向へ戻り、サンタ・マリアノベッラ教会へ。ドゥーモと同じ色調のかわいい外観だ。

そろそろ空腹になってきたので、ガイドブックにあった「ベッレドンネ」を探す。だが、例によって入り口がとてもわかりにくく、たまたまのぞいてみたらその店だった、という感じ。ここは地元客でいっぱいのとても大衆的なお店。おじさんがノリがよく、楽しい。ボローニャ風スパゲッティやペンネのパスタ、豆の煮たものなどを頼む。

ドゥーモへ戻る。ジョットの鐘楼へ登る。結構階段がきついが、登ったかいはある。フィレンツェの町が一望できる。雨が止んで本当によかった。

 

ミケランジェロのダビデ像(レプリカ)が立つヴェッキオ宮殿を見た後、閑散とするウフィッツィを抜け、ヴェッキオ橋へ。観光客が多い。20000リラのネックレスが気に入り、買う。

 

サンタ・マリアクローチェ教会で有名人のお墓などを見る。

 

夜は中央市場近くのZaZaで食事。予約が必要なようで、結構待たされた。ここも地元客と観光客で一杯だ。地下の部屋に通される。ボーイさんが不足しているのか、なかなかサービスに来ない。3種のパスタやカナッペなどをとる。例によってお腹いっぱいでくるしくなるのに、ティラミスを食べる。(2人でわけて)


3/25 フィレンツェ〜ローマ

早めに起きてチェックアウトし、朝一でウフィッツィ美術館へ。8時30分前だというのに、すでに長蛇の列で驚く。ここでやめるわけにもいかないので列に並ぶ。しかし冷えが厳しい。はじめはわりと早いペースで進んでいたので、30分もすれば入れるのかと思っていたが、甘かった。だんだん進むのが遅くなる。列の先頭は遥か先。することもなくボーっと過ごす。2人で交代で隣のヴェッキオ宮殿のトイレに行ってもまだ入口までいっていない。

10時30分すぎ、ようやく入場。なんとこれだけの列なのに一般入場券の窓口は一つしかない。これでは列になってしまうはずだ。だから、思ったよりなかは混雑していない。並んでいる時間にたっぷり「予習」とシミュレーションをしてきたので、効率よくまわれた。

さすがに10室のボッティチュリの「春」と「ヴィーナスの誕生」は人がたくさんいる。印刷でみるものより淡い色彩。かなり大きな作品だ。ほかにもミケランジェロの「聖家族」やラファエロの「ひわの聖母」など、印象的な作品が多い。並んだ甲斐もあった。

 

まっすぐボーボリ公園に向かう。途中の店で買ったパニーニを食べる。ここにはラファエロの作品が多い。例によって迷路みたいになっていて、美術館から抜け出すまでにそうとう時間がかかった。公園も散策して、満足。

 

時間になり、駅に向かう。乗った列車はユーロスターと呼ばれる特急で、コンパートメントではなく、新幹線のようになっている。車両は明るく、清潔で新しい。追加料金が必要かと思ったが、とくに何も言われなかった。車窓の景色も美しい。2時間弱でローマ、テルミニ駅に到着。

タクシーでホテル・ベネトへ。話には聞いていたが、タクシーはぼられたような気がする。くやしい。

到着するなり、フロントの割と年輩のおじさんに「IWATAさん」と言われる。どうやらあらかじめわかっていたらしい。英語で親切にローマの見所などを説明してくれる。エレベータが面白い。重量が人の形になっているサインで赤く表示されるのだ。二人で乗ると足程度。

ホテルの部屋はなかなか清潔感があり、よい。フィレンツェに比べればなんでもよかったりして。

 

ローマのピザはぱりぱりしていて、なかなかおいしい。

早めに就寝。


3/26 ローマ

朝一番でサン・ピエトロへ向かう。「タバッキ」で地下鉄・バスの一日パスを買う(6000リラ)。地下鉄はラッシュ。サン・ピエトロ寺院の美術館へ。

郵便局でバチカンの切手をはったハガキを出す。ウフィッツィほどの混雑はないが、さすがに広く、迷路のよう。途中、あやしげなおじさんの職員にナンパ?され、強引にとある彫刻を説明される。それをいいことにやたら触ってくる。他にもフレンドリーな職員は多く、本当にカトリックの総本山なのか、と疑わしくなる。

「最後の審判」はやはり圧巻。首も疲れた。サンピエトロの広場に出ると、なにやらすごい人だかり。ローマ法王のミサの最中のようだ。遠くに法王が見える。英語、ドイツ語、フランス語、と各国語でなにかいっている。世界中から信者のグループが集まっていて、アナウンスされるたびに盛り上がっている。アメリカからの団体が一番にぎやか。ここで警備にあたっている、ミケランジェロデザインの制服を着た兵士。かっこいい。頭が小さい。

サンタンジェロ城を経由。市街地に戻ろうとバスを探す。教えられたバスに乗り、適当に下車。適当に歩くとパンテオンに出た。休む暇もなく、トレビの泉まで歩く。ここは観光客がうじゃうじゃいる。観光よりもまずは食事だ。適当に入ったお店は観光スポットのわりにはリーズナブルで、おいしい。おじさんは陽気な人だった。ああ生き返る。

 トレビの泉で目立ったのは、韓国人や台湾人と思われる団体客の傍若無人ぶり。日本人の方が大人しいじゃん、と思ったのだが・・。なかなかブルーがきれいでした。

 それからまた歩いてスペイン広場へ。今日もまたよく歩く。手袋を購入。なかなか種類が豊富。日本人買い物客多し。さらに驚いたのは、「プラダ」だ。日本人しかいないんじゃないの、と思うほどだった。

 スペイン広場でスリにおびえつつも写真撮影。しかし、このあたりにいる日本人はだいたいブランドもののでかい買い物袋をもっている。これで襲われても文句いえないんじゃない?

 ズンズン歩き、田中さんのちょっと穴場のお店攻撃などをしながら、ポポロ広場へ。丘を登ると本と、ローマの街が一望できる。夕焼けもなかなかきれい。バスに乗ってベネト通りまで戻り、ホテルへ。疲れたが、まだ夜のご飯を食べていない。お昼しっかり食べたのでそれほどでもないけれど。

 またまたバスに乗って、適当なところで降りて(昼も通ったコース)ベネチア広場に出る。夜景をみたあと、ナボーナ広場へ。ここの噴水の夜景が目的。警官がパトロールをしているということは当然、あぶない場所ということ。少々こわいが、確かにきれいだった。近くのレストランでセットメニュー。味は、昼の方がおいしかった。バスを乗り継いでホテルに戻る。バスにもすっかり慣れた。

 またまた歩き回った一日だった。


3/27 ローマ

ローマも3日目。今日も健脚コースだから朝はしっかりとる。まずはバス、地下鉄(このコースはすっかりおなじみ)でコロッセオへ。切符を買おうとすると係の人がジプシーのスリに気をつけろ、バックも切り裂いて財布をとるから、と忠告してくれた。確かに外はあやしげな人がちらほら。

 コロッセオ。こんな競技場を作ってしまうなんて、ローマ人って変なやつら。猫があちこちにいて、田中さん心安らかでない。

 フォロ・ロマーノへ。ここが古代ローマ時代の中心地。

 そのあと、パラティーノの丘を登る。

 真実の口へ。観光客がものすごい。私達のひと足先にタクシーで乗り付けた日本人女二人。ブランドものガンガン。買い物の合間にタクシーで観光もしています、という感じ。

ここから、カラカラ浴場を目指す。バス停で路線図にのっているバスを待つがこない。田中さんが聞いて、カラカラの近くへいく別のバスに乗る。

 バス停から降りてかなり歩いてカラカラ浴場へ。これが、またとてつもなくでかい。こんな娯楽施設を作るなんて、やっぱりローマ人の考えることはわからない。本当に人間が小さくみえる。こういうものを奴隷を使ってつくったんだな、なんて思ったりする。

 地下鉄でテルミニへ行き、安いレストランとして「歩き方」にのっていた、トラットリアへ行く。いつも地元客で一杯、とあったが、時間が遅いこともあり、私たち以外には客はいないようだ。温厚そうなおじさんが給仕をしてくれる。そのうち玄関からおばあさんのおしゃべりが聞こえてきた。どうやら客で、給仕のおじさんに話をしているらしい。ほとんど一人で、ずっと話し続けている。

 そのあとサンタマリア教会をみて、地元のデパート「UPIM」へ。けっこう掘り出し物が多く、楽しめた。衝動買いでレインコートも買った。帰りはせっかくだからというのでトラムに乗る。わずかだけど面白かった。

 バルベリーニ広場まで戻って、自由行動に。ガイドブックをもってこなかったので、記憶を頼りに革製品のお店を探してスペイン広場界隈の繁華街を歩く。ようやく見つけだしたが、けっこうなお値段でガッカリして、戻る。

 待ち合わせの場所へ急いでいたとき、いきなり「ブランド物バック」をかかえた日本人おばさん2人に「あなた、ジャパニーズ?」と聞かれ、つかまる。「『トレドの泉』って、どう行くの」。(とても一言では説明できない。地図を持っていれば別だけど、おばちゃんはもっていない)。私が困惑していると、「わからないの?」。私はこの口のきき方にぷっちん。「わからないのではなく、説明しにくいんです。あちこちに表示が出ていますからそれを見ながら探して下さい」と言い捨て、立ち去った。フン、態度悪い。あ

 合流して、いったんホテルへ戻る。

 予約をしてあったレストラン「イル・コンヴィーヴィオ」(ミシュランの☆☆)へ向かう。路線図にのっているバスが例によって見つからない。路線図にはあるのにバス停にはその数字が書いていないのだ。こういう場合、この路線はやっていない、ということを知る。スペイン広場まで来てしまっていたので、そこからタクシーに乗っていく。かなり込み入った小さな通りだが、有名らしく(ホテルのおねえさんも知っている、と言っていた)、5分ほどで到着。予約時間にぴったり。

 「イル・コンヴィーヴィオ」はイタリアの最後の夕食を飾るにふさわしい、小さいがなかなかおしゃれなレストラン。他にイギリス人らしき観光客と、イタリア人夫婦が2組、その部屋にいた。

 お店の人は(ガイドブックに兄弟でやっている、とあった)、店の雰囲気とは違い、なかなかフレンドリーで、笑顔で応対してくれる。ワインリストは相当なもので、わからなくなったのでおすすめを注文する。選んでもらった赤はフランスのものだった。赤にしてはさわやかな、酸味のある味。

 私のちょうど視線の先に座っているイタリア人夫婦は、40代という感じなのだけれど、アツアツ。眼を見合わせる度にキスをしている。見るつもりはないんだけど、眼に入ってくる。困った。本当にそれがしょっちゅうだ。他の席の夫婦も気がついて、奥さんの方がちょっと冷たい視線で彼らを見ていた。しかし、ひるまない。

 とにかくお腹がいっぱいで、最後のプチケーキの盛り合わせは、田中さんリタイア。てな、わけでわりとお値段もかかったけれど、なかなか素敵な思い出になりました。最後帰るとき、外で、お店の人たちが「チャーオ」と大声で送ってくれました。こういうのりって、多分フランスの☆がついたレストランはないんじゃないかな。イタリアならでは、という感じでよかった。

 戻るとお腹が一杯だし疲れているしで、荷造りする気になかなかなれない。


3/28 ローマ〜フランクフルト〜東京

 朝、時間があるので骸骨寺まで行く。開門になると、なかに「カプチーノ」色の修道服をきた年をとった僧がいて、寄付を2000リラ要求される。骸骨寺、の名にふさわしく、骨で飾られた内部はなんともいえない雰囲気。恐い、という感じは不思議としない。

 ホテルから空港までタクシーを頼む。ローマのボロいタクシーとはちがい、黒塗りの「ハイヤー」で、運転手も品がある。料金も納得できるものだ。

 さて帰りのフランクフルト経由のルフトハンザは他の多くの団体ツアーと一緒。ルフトハンザは合理的で、搭乗も座席を縦割りのゾーンで区切って、窓側の座席の人から入れていく。だから、隣同士でも別々に搭乗ということもある。フランクフルトの空港でちゃんと説明があったのに、日本人団体ツアーのおばさんたちは「みんな番号が違う」と大パニック。結局みなさん一緒に搭乗して全く合理的なシステムが活かされない結果に。ああいうおばさんにならないように気をつけませう。

 私の隣は新婚旅行帰りのよう。JTBのヨーロッパ周遊ツアー(聞くだけでうんざりしそうなツアーだ)に参加したらしい。いきなりサキイカかなんかを食べている。「こんなにこれがおいしく思うなんて」などとのたまう女。「うん、そうだね」、と男。「あんまりおいしいの、食べられなかったね」と女。(かわいそうな人たち、と私。)(でもいいの、二人はバラ色、しあわせ)というオーラが漂ってくる。男はどうやら海外旅行は初めてらしい。いつも、ドイツ人スッチーに飲み物を聞かれると、判で押したように女が「コーラ」と言う。最後までコーラしか頼まない人たち。

 映画も見たかったけど、それほど面白そうでもないし、眠いのでパス。早朝、時間どうりに成田到着。サービスはよくないけど、さすがこういうところはきちんとしている。