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6/28(第19日目) ポルトガル出国、スペインへ Mapを見る 



気分を変えてガリシア攻略!

●アディオス!ポルトガル、オラ!えすぱーにゃ。
 朝10時発のバスに乗るために、岐阜県民出発。ゆうみちゃんには「仕事」のファイルを入れたCD-ROM(日本から送ってもらう)を託し、ホテルの部屋で別れる。タクシーを拾ってバスターミナルへ。ハガキを出すのとユーロの記念切手を買いたいと言っていたごっしーくん、郵便局を探すも(帰国後、お礼にちゃんと切手セットはあげた)列にひるんで引き返してきた。朝食は適当にパンでも買って、と思えば近くの「カフェ」はごっしーくんが苦手な甘いお菓子ばかりでこれも買い出しならず。
 バスターミナルの椅子に座ってバス到着を待っていると(バスはポルトの空港から来る)バスターミナルの前のところで突然工事?が始まり、すさまじいドリル音とともに土埃が入ってきた。ほこりっぽーい。「あいつら、水をまくっていう発想はないんですかねえ?」口を覆っていないと大変なのに、みんなあまり意に介さず。こっちの人って強靱な喉なのかしら?「バスが着いたらさすがに呼びに来るんじゃ」とごっしーくんは言っていたが、自助努力が必要で、着いたことに気がついた乗客がそれぞれバスに乗り込む
 バスはそれほど混んでいない。懐かしのA3を北上し、懐かしのブラガを通過・・・その後眠くなり・・・それでも国境というところで目が覚める。「See you soon!」の看板に見送られて18日間滞在したポルトガルと、「アディオース、ポルトガル、アディオース!

●やっぱスペインや。

 山を越えて、なだらかなすり鉢状の盆地がひらけてきた、と思えばそこがビーゴらしい。着いたビーゴのバスターミナルは結構大きな規模。できればビーゴは特に見所がないのでスタジアムだけ見に行って、夜はサンティアゴ・デ・コンポステーラに泊まることにしていたので、まず切符売り場で次のサンティアゴ行きを聞く。結構本数があるようで、「オラリオ」(時刻表)をもらっておく。英語通じず。じゃ、スタジアムに行かなきゃ、と、インフォメーションでスタジアムへの行き方を聞く。英語通じず。なんだか本格的にスペインになってきた気がする。表示はもちろんスペイン語なのでまだなじみはあるけど、たいていガリシア語での表記もあるので紛らわしい(こっちはポルトガル語に近い)。5分おきに、バスターミナルの前のバス停(ややこやしい)にスタジアム近くに行くバスが通るらしい。観光するのに邪魔なので荷物を預けなきゃ、と思うが、荷物預かり所はシエスタで「ディスカンソ」(休憩)・・・スペインらしくなってきた。コインロッカーにトライしてみるが、私のスーツケースが入るような大きなロッカーがない。困っていると「そこじゃだめ」とさっきインフォメーションにいたお姉さんが近づいてきた。ホントは休みだけど荷物預かり所を空けて、荷物を預からせてくれるようだ。英語、やっぱり通じず

●セルタ訪問 

 バス停でしばらく待っているとスタジアム近くへ行くバスが来た。バスターミナルはずいぶん市の中心とは離れていたようで、だんだんにぎやかな街になってきた。途中右手にビルの間から青い海が見え、ちょっと興奮する海なし県出身者たち。
 20分ぐらいバスに乗り、スタジアムに近いと聞いたバス停から5分ぐらい歩くと、セルタのスタジアムが見えてきた。シーズンも終わり、閑散としているものの、スタジアムマニアのごっしーくんの希望でまずは一周することに。誰もいないチケット売り場や休みで入れない「ムセオ(博物館)」などを撮る。来シーズンはセグンダ(2部落ちしたの)・・・ちょっと哀愁も漂う。スタジアムの向かいには大きなシトロエンの工場があり(シトロエンはセルタのスポンサー)納得。ゆうみちゃんに「モストボイの銅像があるらしいから写真を撮ってきて」と言われたけどスタジアム周辺にはそれらしきものは発見できず。代わりに?待望の郵便局があったので、ハガキを投函。ティエンダ(オフィシャルショップ)があるけど、例によってシエスタでお休み。再び空くのは5時だって。5時かあ。(そのころ3時過ぎ)。セルタのウェアはアンブロで、個人的に好きな色とデザイン。ショーウインドーでかわいい感じの服もあり、ちょっと未練。
 いい加減にお腹も減ってきた、と近くのバルに入る。4件ほどバルが建ち並ぶ(これもいかにもスペインという感じ)エリアのうち、一番流行っている店のオープン席に座る。カマレロ(店員)のお兄さん、「ちょっと時間がかかるけどいい?今日は客が多いから」と最初に言われる。セットメニューを注文。ごっしーくんはビール。お兄さんは忙しいながらも少しコミュニケーションしてくれるので、「モストボイ銅像」の聞き込み開始。しかしこのとき辞書も手元になく、「銅像」のスペ語がわからん!「モニュメント、で通じるかな?」「モストボイのモニュメント、知っている?」と聞くと、「モストボイはいいプレーヤーだよ!」 とうれしそう。「モニュメント」の部分で通じず。しかしお昼がこんな時間(もう夕方)になったし、ごっしーくんはビール飲んでゴキゲンだし、今からサンティアゴに行くのも面倒なので、このままビーゴに泊まっちゃおう、というノリになってきた。そうすればティエンダも行ける。ビバ!いきあたりばったりのガリシア旅行。
 ちょうどお会計を済ませるころには5時になってたので、ティエンダへ。確かにアンブロのウェアはかわいいけど・・・ハンドロちゃん関連はなし。(当たり前?)Rebajas(セール)コーナーにあったウェアは色が気に入るとサイズがなく、サイズがよさそうなのは色がない。だけど、女性用コーナーでノースリーブのウェアを発見。ちょっとかわいいかも、と手に取っていると、ごっしーくんが「挑戦しますね」。その一言で私の女心がずたずたに・・・「挑戦だって?」あわててフォローされるも、もう何を言っても同じだ!!すっかり買う気がなくなる。恐縮しつつごっしーくんは応援歌のCDを購入。

●最大級のシアワセ到来!

 ホテルは明日朝早く行くためにも、国鉄(RENFE)駅に近いところで探すことに。スタジアムに近いバス停に行き、バスを待つことにするが。バス停の表示を見ても「RENFE」など発見できず。3路線ぐらい通っているのでどれに乗っていいかも分からない。そこで同じくバス待ちをしていた老夫婦のおじいさんに「どれがRENFEに行くか」と聞く。おじいさんはものすごく慎重に検討をする。メモ帳を貸せ、というので貸すと「POR FAVOR AVISENOS,EN LA PARADA MAS cerca de LA RENFE(ESTACION)」と書いてくれ、これを運転手に見せるように言われる。なんて優しい人だ!何台か見送ったあと、これに乗って、というバスが来た。みるとおじいさんたちも乗る。乗るとき運転手に「あの子たちはRENFEで降りるから」と説明。おじいさんは途中で降りていったが、「大丈夫だから!」と挨拶してくれた。そしてRENFEに近づいたときに(自分たちでもわかったが)運転手さんが教えてくれた。みんな親切です
 で、RENFEでサンティアゴ行きのオラリオをもらい(ラ・コルーニャまでの電車が載っている)ホテルはとりあえず駅に一番近くて広場に面したオスタル・リノに入ってみる。聞くと2種類部屋が空いているとか。部屋を見せてくれるというので、まずは42ユーロの部屋に。悪くない、ビジネスホテルの感じ。続いて56ユーロ。さすがにこちらは広々していて、ベッドカバーまで少しゴージャス。当然こちらにしたいところだけど、倹約旅行中の身なので安い部屋を選択。ホテルが決まったら荷物を取りに戻らなければ。
 再び大通りに出てバスを待ち、バスターミナルへ。途中「エル・コルテ・イングレス」(スペインのデパート)を見つけたけど、ごっしーくんに「行かないですからね」と即刻却下。そりゃわかっとるって。荷物をピックアップして、バス停で待つ。ところが!待っても待ってもバスはこない。大学の通学用バスばかりがくる。さえぎるものもない強い西日を30分近く浴びる!
 ようやく来たバスに乗り、再び大通りで降りてホテルに向かう。坂が多いので、スーツケースを引くのが大変。
 ホテルに戻って、「歩き方」を見ながら検討を重ねるものの、結局後のお楽しみは夕食!シーフード。港近くの旧市街ペスケーロ地区のベタな名前のペスカドーレ(魚介類)通りがねらい目らしい。さっきスタジアムへ行く途中に通ったところだ。
 9時ごろ出発(さすがスペイン!)。まだまだ日暮れには時間がある。シティバンクがあったので、軍資金を下ろしてもらい、借りる。そこからちょっと入り組んだ旧市街を抜けて、港(フェリー乗り場)へ。見ると、魚市場があるようだ。ペスカドーレ通りというだけあって、周りには何件かレストランもあって、どこで食べればいいか、物色する。決めたのは「BAHIA」(海岸)というベタな名前のシーフードレストラン。(ちなみにここのWebもあるよ
 プルポ!エビ!ムール貝!ガンガン注文。「牡蠣は?」と聞くと「今はシーズンじゃないから」英語があまり通じず、私のスーペルボキャ貧エルパニョールだけが頼り。ムール貝が・・・うにゃ、メチャんこうまい。シンプルにゆであげただけだと思うけど、新鮮なので磯の香りがして、身がぷりぷり。エビも塩味が利いているphoto→。だめだ、このシーフード攻撃に岐阜県民陥落。ごっしーくん、迷いに迷ったあげくムール貝をおかわりっ!!(快楽の2皿目を激写photo→)もっとリッチだと隣のグループが「豪遊」していたように、「シーフードてんこ盛り」とかを食べられるんだけど・・・。途中、ガリシアの民族音楽(ガリシアはケルト文化の影響がある)を奏でる芸人がやってきた(リクエストを聞いてきたがよくわからないので、パス)
 2皿食べて大満足。今まで食べてきた以上のムール貝を食べたかもしれない。幸せな夜だ。「やっぱりビーゴに泊まってよかったでしょ」
 その後、港の周りをちょっと散歩。すでに12時近く。港沿いのバルやレストランは「夜はこれから」とばかり、いよいよ活気づいてきた感じ。国境を越えただけでこの違いはなんだろう?ま、ここがこの国の好きなところなんだけど。(もちろんポルトガルもいいよ。とくに人が!)
 カロリー消費のために歩いてホテルに戻る。私は下痢止めを、ごっしーくんには整腸剤を渡す。ちょうど5月にほぼ同じルートを旅した友人のダンナがビーゴでカキにあたり、酷い目にあった、と聞いていたからだ。ところで予期せぬ夕日を浴びてしっかり時計の跡がついてしまった。「ビーゴ焼け」だ。

 

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