Home>闘病記?top>

 

退院後「ポルトガルに向けて編」

●日々回復

 叔母がいる間、実に何年ぶりかの手料理を毎食いただいた。味付けはちょっと濃いけど(叔母も自ら言っていた)やっぱり愛情がこもった料理・・・のおかげで毎日600グラムのペースで体重増加。いいかげん止めないと、と危機感が募って近くの公園でのウォーキングも再開。梅があったときと全然体の運びが違う。ほぼ前と同じペースで歩けて気分いい。
 一番の問題はやっぱり「排便障害」。とにかくトイレに行く回数が多い。ただし、入院中に感じていた、肛門痛はほとんど感じなくなってきた。つまり普通に「便意」として感じるようになったのだ。変な話だけどそれだけでずいぶん気分は違う。すこーしずつ状況もよくなっている、かも?
 あとは手術創の痛みとひきつれ。そして色素沈着。これも時間の経過とともに、かな?

●結局クリスマスは・・・

12/23 恒例の鍋会を自宅で無事開催。めでたし、めでたし。同期のK君が検査で大腸にポリープが見つかったそうだ。

12/24 早稲田まで遠征。H氏から入院中の試合のビデオを借り、 さらにごっしーくんとサッカーやポルトガル行きの計画を話しながらランチをして(なんか私のようなおばはんとで申し訳ないなあ、と思いつつ)、その後某オフィスで少しだけ仕事もした。
 あ、今日は水曜日、レディースデーだった!というわけで「最後の恋、初めての恋」という映画を一人で観て、 夜はRieさんの行っている教会に行って礼拝に参加。彼女には本当にお世話になった。こうして一緒にお祈りできて感激もひとしお。
 帰ってから昨日残った「限定ケーキ」も平らげた!ここで叔母から電話。実は留守電にしていくのを忘れ、全然電話に出ないので「もしや緊急入院?」と相当心配していたようだった・・・一日中外出していたけど、そういうときはなんというか、少しベンも控えめになるようで、まあ、トイレさえ行けばナントカ大丈夫。本当はシャワートイレ(ウォシュレット)だと助かるんだけどね。
 いろんなことができる幸せをかみしめたイブになりました。 関係者のみなさま、本当に本当にありがとう。感謝の気持ちでいっぱいです。

●草だんごでイレウス??

12/29 柴又に仕事で行った。日暮里駅にはたくさんスーツケースを持った人がいてうらやましかった。どうせなら、と有名なお店で草だんごを購入。一番小さいので20個、600円。 しかし本日中に食べろ、とのこと。帰ってから食べました。おいしいので、いっきに。
 食べ終わった後、私はとんでもないことをしたと気づいた。 二度とこういうバカはしません。これでイレウスになって入院しても誰も同情されないもんね。 それに草だんごでイレウスだなんて、医者にも言えない〜
 夜寝る頃から左脇腹が筋肉痛?と思うようないや〜な感触が。前にプチ・イレウスになったときもこちらから痛くなったので、後悔いっぱい。 夜中の2時頃お腹がゴロゴロいいだし、ぜん動痛が少しあった。病院にも年賀状出したのに、これで入院になったらカッコ悪〜とまで思った。しかも草だんごで。幸い、トイレに行ってからは落ち着き、そのまま眠りへ。
 朝起きてからはまったくいつも通り。 でも二度としません、草だんごいっき食い。

●「ガンから始まる」

 エッセイスト、岸本葉子さんの「ガンから始まる」を読んだ。発病した年齢もそれほど離れていないし、広い「大腸ガン」というくくりでは同じ。老いた父と離れ一人暮らしという状況や曲がりなりにもフリーで仕事、というのも同じ。彼女がどう病気と向き合っているのかとても興味があったからだ。
 さすが「言葉」が深遠です。でも読み進めていくうちもっと力を抜いてもいいのでは?とも思った。確かに共感できるところも多かったけど、決定的な違いは岸本さんの場合、友人にも仕事先にもまわりには病名は隠していたことだった。私は逆に言ってしまうことで楽になった。言われた人は戸惑うかもしれないけど、なるべく「フツーに」病気のことを報告していた。同情してほしかったわけではなく、私の状況を理解してもらうことで無用なストレスを避けたかったから。隠すことのストレスの方が嫌だったから。逆に気を回されすぎる、ということはあったけど・・・。それにまわりのサポートのありがたさを振りかえれば「あけすけカミングアウト派」で良かったと思っている。それに彼女は個室に入ったそうだ。まあ、「有名人」ではあるしね。
 もちろん、いつでも入院できるように、常にパジャマなどを用意していく、といった一人暮らしならではのノウハウもあって、うんうん、とうなずけたけど、ガンの闘病記で言えば赤星たみこさんの「はいっ!ガンを治した赤星です」の方が病気に向かう姿勢といい、実用面といい、役に立った。要するに私という「キャラ」に合っていた。
 キャラの違い?と思ったのは、 便通の問題も「極めて形而下的ではあるが」なんて前置きがあったりすること。私の場合、「ガン」はあまり意識しないのに「ベン」は大きな関心事だ。形而上だろうが、下だろうが、この病気とともに生活していく上では避けて通れないこと。だからこのページでも赤裸々(すぎたか?)に書いてきた。
 それに彼女は強く「再発=死」を意識している。私だって直腸ガン・進行期の「5年生存率」が気にならないわけではない。でも私は入院中から「ユーロ」だの、「クラシコ」だの叫び、煩悩にさいなまれていた。しつこいけど今年はポルトガルに行かなきゃいけないし、ラウールのバロンドールも見届けなきゃならない。もっといろんなところに行ってみたい。生きることの執着がいっぱいあるから、「今、耐久消費財を買っちゃったら再発して5年以内に死んだときもったいない」とは発想になかった。結局は症状、進行具合など個人差があるわけで、100%同じ気持ちになることの方が難しいかもしれない。
 といいつつ、あまり無意味に「細く」長生きしたいとは思わないので「ソバ」ではなく「うどん」を年越しに食べたんでした。「うどん」ぐらいの太・長さで生きたい、と思う岩姐でした。


●ガン<ベン

2004/1/8 退院後初の外来、末広亭は残念ながら休診だった。3Aのナースステーションにちょっと顔を出す。椅子に座っている人は少ないので、結構早いと思ったけど券だけ出していた人がかなりいたようだし、午前の診療はF田先生1人なので、ものすごーーーく待たされる。しかも中座して走ってどっかに行ってしまい・・・で、呼ばれたのはほとんど2時。3時間待ちだ。「いつもはこんなんじゃないんです」と先生に謝られてしまった。
 ムダ話もなく、退院後の体調とくにベンの状況をきかれる。1日の回数、形、状態。10回以下に減ったとはいえ、まだまだ回数が多いのを気にされた。説明するのも少し小声で「でも下痢でなく、だんだん形も大きいのが出るようになってきました・・回数も減っています」。「もらしたりしたことはあった?」「一度だけ朝起きたら少しお尻についていたことが・・・」「どうしてもつなげたばかりですからね」
 さらに再発について話された。私のケース、ステージIIの場合、5年間に6〜7割は再発しないとか。5年生存率はよくデータで見るけど(直腸ガンのステージIIで80%ぐらい)、わりと高いので安心?していた。再発しても生きていれば「生存」ってことになる。生存率よりむしろ再発率の方がより切実な感じ。岸本さんが再発をかなり恐れている(ように見える)のも具体的に数字で言われると、わかるような気がする。3〜4割が再発?やっぱり5年間は執行猶予期間なんだ、と言い聞かせる。もっといい子にならないとダメかな?

1/18 退院から1カ月。「排便障害」の方はとりたててよくもなっていない気がするけど、確かに1カ月前よりはよくなっている。ポルトガル行きのチケットも予約したし、どうやらバスでの移動が主体の旅になりそうだし・・・
 ところでこの週末にでかけたところでたまたまウォシュレット遭遇率が高く、うれしかった。もちろん、あれに頼りすぎるのもよくないとはわかっているものの、やっぱりありがたい。

1/21 日記にも書いたネタだけど・・・ちょい詳しく。
 診察券が見つからず、1時間半も探しまくったあげく持たずに病院に。駅周辺でウロウロしたりして時間をつぶし、結局2時間待った。「hanako」の池袋特集を読んでいると、隣のおじさんがのぞき込んできて、「これはなんという雑誌?」と聞いてきたので驚いた。「hanakoです」というと「おいしそうな写真だね。hanakoか、聞いたことはあるな」(だけどおじさんが買うには抵抗あるかも・・・)
 で、末広亭の診察はいつものようにベンのことを聞かれた以外は「たんすの中の服は着れるようになったか?肥やしにならなくてよかったな」程度の話だったんだけど、帰り際にわざわざ呼び止められて聞かれたのが、 「クリスマスイブはどうした?」。これは聞かれることを予想していたので、 「ばっちりでした」 と答えると
「ばっちり?あの彼女(キルケさん)とか?」
と返された。(予想通り)
「 いーえ。22歳の男の子とお食事しました!」 (ウソはついてないぞ)
というと、予想外だったらしく
「ほんとか?それはそれは・・・。いや、お見それしました」と謝られた。
今日の外来は私の一本勝ちである。まあ、細かい状況を説明するとなーんだ、ってことになるのだけどね。
 腫瘍マーカーと尿検査を受けた。来月はエコー検査とCTを撮る。

2/11 A mi me preocupa salud....

「私は○○について頭がいっぱいだ」という文を作りなさい、と当てられてとっさに答えたのがこれ。「私は健康について頭がいっぱいです」、というと「そんなに健康そうなのに、なぜ?大丈夫、悩むことないよ」と明るく先生が笑った。再発リスクを抱えていても今の状態は当然健康な人と変わらなく見えるんだ。でも常に執行猶予っていう感じがつきまとっている。手術後6カ月〜2年が再発する一番危険な時期、ということも頭に入っている。だから今、私は何をどうすればいいか、実は手探りをしている。
 立ち上がったりするとき、元梅の手術痕がつっぱって痛む。「最初の入院から退院して復帰されたときは顔も真っ白で、大丈夫かちょっと声もかけられないような感じでした」。この前、仕事先の人に言われた。今、この話をされるってことは元気に見えるんだろうなあ。確かに振りかえれば、あの頃が一番つらかったかもしれない。体が重かったし、心も塞いでいた。もう大丈夫、と思ってもらえるのはうれしいけど、それだけ自分で厳しく戒めることは戒めておかなければ、とも思う。2人の「ガン患者の先輩」から今度のポルトガル旅行はくれぐれも無理をしないように、と心配するメールをいただいたことも肝に銘じておかなきゃ。
 図書館で「私のがん養生ごはん」という本を借りた。単なるレシピ集ではなく、ノンフィクション作家である柳原和子さんの、闘病記でもある。卵巣ガンにかかった柳原さんがたどり着いたのはガンが棲みやすい体になっていたのを玄米菜食によって改善するもの。厳格な玄米菜食は難しいと思うけど、できるだけ食べるものに気をつけることにしよう。ポルトガルに行ったから再発しちゃった、と言わなくてすみますように。ポルトガルに行ったので病気にもよかった、と言えるように。
 しかーし、旅行損害保険は既往症での治療は保険の適用外なんだそうだ。そんなこと1つとっても一筋縄じゃない病気なんだな、と実感させられる。だからやっぱりA mi me preocupa salud、なのだ。

第一関門突破

2/19 退院後、初めての本格的検査。まずおなじみのCTで輪切り写真を撮る。日本はこのCT検査が普及しているのでX線被爆が欧米より多くて、それによる発ガン率も高いんだとか。私は半年あまりで3回。普通のX線なんか軽く10回は受けている・・・。なんだか発ガンと抗ガンの追いかけっこをしているよう。
 エコー検査はかなり待ち時間があって、スペイン語の予習に没頭できた。辞書とかノートとか広げていて名前を呼ばれてもすぐには立てないほど。したがってそれほど待ちのイライラを感じず。エコーでは気持ち悪いジェルを付けられ傷口の上をぐるぐるやられたのが痛みもあって気持ち悪かった。乳ガンの検査も一応された。
 検査結果を待って末広亭の呼び出し?を待つ。「再発の兆候はなし。まあ、少し便秘気味だが大丈夫だろう。腫瘍マーカーも正常値だ」といわれ、安心する。一つ一つCTの輪切り写真を示しながら、「ここはおっぱい。これが膵臓で、これが肝臓・・・ここが人工肛門つなげたところ。ヘルニアもないようだ。・・で、ここがつなげた患部だ」といわれても臓器じゃないのでよくわからん。
 「白い巨塔」を意識してか、これで再発していたら見つけられなかったら医者の責任だ、とのこと。よほど自信があるらしい。「先生、6月にポルトガルに1カ月ほど行きたいんですけど大丈夫ですよね?」「ポルトガル?おう!行ってこい!薬をちゃんと持って行ってな」、というお言葉も頂戴した。やった〜!「まだ6月まではウン・モメントだな」そうそう、ここで油断しないように、「ウン・モメント」気をつけよう。
「で、ポルトガルには何しに行くんだ」「サッカー!」へっ、へっ、へっと笑われる。バッグに付けていた7番ラウールのキーホルダーを見て「俺もラグビーをやっていたときはずっと7番だった!」。(ちょっと〜!ラウールと一緒にしないでよ〜)ポジションはどこだったんですか?と一応聞いておく。「レフトウインカー」だったそうだ。
 しかしどうやらポルトガルには日本代表の応援に行くんだと思われているようで、またもや立ち去るときに呼び止められて前日の代表戦について語りだし、あやうく止まらなくなりそうだった。


2/21 渋谷で高校時代の友人s女史にあう。来月彼女は子宮筋腫の手術をする。高校生だった私たちがこんな病気の話をしあうようになるなんて、とお互い笑った。私が使っていた腹帯を貸し出す。彼女はたぶん横にお腹を切るだけですみそうだとか。縦2本(私)よりずっといいなあ。
 そのあと、以前からお世話になっていた治療院へ。私のことを相当心配していたそうだ。先生はようやく自分のいいたいことが理論づけられる本が出た、と免疫療法の話をしてくれる。本当は抗ガン剤は免疫力を下げてしまうので飲まない方がいいとのこと。それがしがらみもあって、なかなか難しい。「それでも飲むのをやめることがストレスになると行けないので無理しなくてもいいから」。
 抗ガン剤を飲んでいる分、免疫力は低下しているので、先生にはくれぐれもストレスをためずに、いつもリラックスを心がけること、働きすぎないことを言われた。自分でもそうしたいとは思うのだけど、なにかとリラックスできない事件が多くて・・・病気の前は1カ月に1度ぐらいのペースだったのだけど、理想は5日に1度、少なくても2週間に1度は通う必要があるらしい。緊急として手術で受けたストレスを和らげる治療を行い、段階的に病気の元となるストレスもほぐしてもらうことになった。S状結腸と肛門にかけてストレスが見られ、それが膝に反射しているとか。いつも私は左右の足の長さが狂っている。梅を閉鎖して右側に強いストレスの元ができたから余計に体にねじれが来ている。2時間ほどかけて調整してもらう。

2/25 大腸・肛門.comを運営している寺田病院の寺田先生に取材。足立区の、「ここが23区?」と思えるようなのーんびりムードが漂う、とっても静かな住宅街にある小さな病院。現れたのはとても誠実な先生だった。先生はメール相談をやっていて、もちろん診療報酬などない、ボランティアなんだけど、もう2年も続けているそうなのだ。やはり「早期発見、それには検査を受けることが大切」と言われた。話がめちゃめちゃ身近なだけに引き込まれる話だった。西新井、という場所もなごみそう。こういうところで、あの先生なら大腸の内視鏡検査もよさそう。

3/14 痛みとの闘いそれなりに
 あってはならないテロがマドリーで起きてしまった・・・「一緒に泣こう、そして一緒に(テロに)勝とう」そんなメディアの呼びかけに涙。ぶるーな気分もあってか、お腹の調子が悪く(いいのかもしれないけど)3日間もナンベン状態でつらかった。こういうときはお尻が瞬間的に痛くなる。これは痔とかの肛門痛でなく、もおちょっと奥の、ホントに患部だった「直腸痛」っていう感じのやな痛み。きっとすごい顔になっていると思う。ベンかガスが出れば楽になるんだけど・・・(つくづく因果な病気です)
 ところで傷口によさそうなジェル発見!ひどいケロイドがよくなるシートらしい。ちょっとお高いけどさっそく通販で購入申し込みをした。最近美肌効果と脱毛効果があるという豆乳ローションを塗っていたんだけど、まだ効果のほどは?。早くこの痛みからも解放されたい!痛みにも勝たなきゃねえ。

●挨拶は・・・

2004/3/18 足を負傷したので整形外科にもより、そのあと恒例の外科外来へ。待ち時間の間、病棟をちょっとのぞいてみるとS井さんや何人か顔なじみの看護婦さんが私をみて「元気そう」と言ってくれた。脳外科病棟に移ったヤマクミと立ち話をしているとM岡先生も通りがかり少しお話。
 で、受付のときは院長は休診でF田医師が代わりに診察、と出ていたのだが、お昼も過ぎたころ、末広亭帰還。大した待ち時間もなく(ピークを過ぎていた)呼ばれた。いきなり「おう、うんちは出ているか?詰まっていないか?」。いつものことながら素敵な挨拶だ。すっかりポルトガル行きは末広亭にもインプットされているようで「カステラってポルトガル語でかすてーら、っていうのか?」「別の名前でどうやら違うようです」「じゃ、カボチャはかぼーちゃか?」「それも確か違いますね」など、相変わらず雑談主体で診察?終了。先月の検査については、なんの異常もないそうだ。まあ、雑談で済んでいるうちがいいんだろうけどね。
「うんちはがまんせず、ちゃんと出せよ!詰まらせないように」「詰まっていないから大丈夫です。それより何度もトイレに行かなきゃならないのでそっちが大変」「しばらくはそらしょうがないぞ。詰まるよりはいいから」。腫瘍マーカーの血液検査と尿をとっておしまい。
 ところでこの病院、診察カードも新しく一新され、ポスターもなんだかかっこよくなっていて、HIでもしているのか?って感じ。新しいカードには「愛し愛される病院」なんていうコピーも。末広亭の方針か?最後に残っている総合受付前のロビーの改築工事も進んでいるようだ。

 傷口修復用シリコンジェルシートのクリニセル&トリポロンが届き、使っている。効果はすぐにはわからない(こればっか)けど、乾燥によるつっぱり感がなくなったのはうれしい。クリニセルの方はかなり厚みもあるため寝るときぐらいしかつけられないので、昼間はトリポロンの方を使っている。つまり夜は2カ所の傷口に両方使い、昼間は真ん中のより大きな傷口の方にトリポロン。

●改革ぅ?

2004/4/15 外来で病院に行ったら待ち時間はたった(!)40分。末広亭の話も短いし(他の人にも例の一席やっていなかった)、検査データのコピーをくれたり、なんだか不気味。これも医療改革っていうやつかしら?ふるーい感じの総合受付&ロビーもほぼ工事終了。ただ、M尾医師が外来担当医から外れている→病院を辞めた?どういうことか確かめようにもヤマクミも見あたらず調査はまた次回に。
 腫瘍マーカーはCEAが1.3でまったくの正常値。末広亭はまったく問題なし、という。ところがもらったデータで肝臓のGPT、GOTが正常値を超えている。とくにGPTは67もある(30以下が正常)。私は以前献血をしていたので、血液検査のデータを持っているんだけど、それでは12とかだったので、どう考えてもこの数字は異常だ。肝炎?まさか肝転移の兆候では??なんて焦り、ネットでいろいろ探してみるとGPTがとくに高くなるケースとして「薬物性肝炎」というのもあるらしい。これは抗ガン剤も原因になるとのこと。さらに私が飲んでいるUFTを調べると、肝臓に影響を与えるとあった。医者から見ればこの結果は予想どおりってことだったわけ。やっぱりお酒は自制しなければ。酒を飲んでいるわけでもないのに、薬のせいで・・・くやしい!
 そういえばUFTの副作用として白血球や血小板の減少もあるらしい。たしかに健康なときよりこの数字もやや減っている。それに伴い出血しやすいみたいで、「覚えのない打撲などがあったら注意する」なんてあった。そういえば元々おっちこちょいだけど青アザが以前にも増して増えている気もする。左腿なんか3カ所ぐらいある。これも抗ガン剤の影響?
 ただ、治療院の先生のいうようにまったく抗ガン剤を止めるのもちょっと勇気が要る・・・でもまあ、情報開示はいいことだと思う。
 終わってから江戸川橋駅近くの「つぶつぶカフェ」で雑穀ランチメニューをいただく。おいしかった。ここはショップも充実していて雑穀パンやデザートなどもある。もっと早く知っていればよかった!ついつい玄米餅やクッキーなどを買ってしまった。
 で飯田橋で軽く?仕事をしたあと、おなじみ渋谷の治療院へ。
 最初は約2センチの体のズレ。ところが何度調整しても5mm右足が縮んでいるのが治らない。ただポルトガル行きの話をするうち、ゆるんで高さが揃った。先生に笑われる。「緊張があると縮むし楽しいことを考えると体は自然にゆるんでくるんだよ」

ポルトガル行きがもたらす何か、Priceless(5mm)。

●うれしいお墨付き

2004/4/28 今準備している単行本の取材である医師にお会いした。大学病院の外科医から昨年、清瀬に代替医療も積極的に取り入れたクリニックを開業した先生。話の内容がガンだったので、取材後、「私もガンでした」と少し身の上話?をした。「あ、でもステージIIの直腸ガンだったら大丈夫ですよ」。といわれた。ついでに「玄米菜食にして、天仙液(例の漢方薬)も飲むことを勧めます」。「あ、それもうやっています(天仙液は検査前など気が向いたときに適当に飲んでいる程度)」。玄米コーヒーもいいらしい。それも自分で作っている。末広亭にいいようにからかわれている、といったら「医者もきっと取りきった、っていう自信があるんですよ。自信がない患者に対しては妙に丁寧になるもんなんです」。その先生は診察に1回2時間ほどかけて話を聞いているんだそうだ。「だけど赤字でこの前から昼食は300円の弁当って決められちゃったんですよ」。うへ、体に悪そう。
 その後飲み会の席に同席し、ついでに?ちょっと気になることも聞いてみた。肝臓の数値は、「確かに正常値は超えているけど、3ケタにならなければ大丈夫。ただ人より少し休肝日を多くして負担をかけないようにしたほうがいいでしょう」。あれはアルコールで左右されるものではなく、風邪をひいたときにも上昇したりするんだそうだ。・・・というわけでまずは安心。
 抗ガン剤については「あの薬はできてしまったガンには効果はないけど、再発予防という意味では飲む意味はあると思います」。
 手術に対する美学?のような話もきいた。私が受けた、低位前方切除術は視野が極端に狭く、切開したところから手を入れて手探りでやるような感覚なのだそうだ(想像すると怖いでしょ?)。太っている人の手術は余計手間がかかって大変だ、ということ。脂肪が手袋について溶けてくるため、2、3回替える必要があるということ。私のときはどうだったんだろう?
 とくにお腹にメスを入れるときはそれが一生残る傷になるだけに慎重になること。縫合も同じように気を遣うとか。慣れていない医師が切ると、緊張でガビガビになったりするんだそうだ。(私のは、直線で潔く?すっぱり切られています)。で、手術がうまい下手は手先の器用さより、目が重要なんだって。究極には「見えない血管が見えること」。これ名言。経験だけでしか得られないテクニックだそうだ。末広亭バンザイ!ただ色素沈着がきれいになるのは4〜5年かかるっていうことでした・・・
 雑談の中だったのでセカンドオピニオン、ってことではないけど、一応別の意見が聞けて、今やっていることは間違っていないってお墨付きをもらった感じ。天仙液もせっかく縁があることだし、1日1本ずつ飲んでみようかな。(お財布とも相談しながら)

こちらに日常ネタを書いています。

そしてポルトガルに行って来ました。旅行記はこっちです。

 

←INDEXへ戻る   

 

E-mailはこちらです

このページは「蓬莱賓館」という岩姐運営サイトの一部です。直接このページにきた方はこちらから脱出してください。

掲示板あります。