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退院後「蜜月か?別離決定か?編」 

●アロマのチカラ

11/1 江古田にあるキルケさんのサロンにお邪魔した。傷跡用マッサージオイルと、毎年冬に頼んでいる顔用オイルを調合してもらった。抗ガン剤を服用しているときは使わない方がいいオイル(ふだん好きなラベンダーとかネロリとか)もあるようで、大丈夫なオイル(カモミールなど)で作ってもらう。できあがったオイルは両方ともとっても好きな香り。
 体のあちこちがストレスを貯めているに違いない、と顔とデコルテ、手の部分のマッサージもしてもらうことにした。何日ぶりだろう、こんなゆったりとした気分で横になるのは・・・とくに顔のマッサージなんか、口開けてよだれをたらしそうになるぐらい(たらしていたかも)ものすごく気持ちよかった。セントジョーンズワーズオイルというリッチなオイルを使っているそうだ。ただしお腹がだんだん活動を始め「腸ゴロー」になって後半はそちらが気になった(とほほ)。
 帰宅してまたもや内弁慶の梅ジローと戦った後、お風呂から出てオイルでマッサージ。傷跡に触るのははじめてで怖かったけど、両手につけてオイルを塗る。右手は梅がはっきりいって邪魔なので、ほとんど左手で、やさしくよくなりますように、と祈りながら。絶対何もやらないより効果があるはず。
ちなみにキルケさんのサロンのページはこちらです

11/2 もうとっくに生理が終わっていてもいいころなのに、まだ少し出血がある。・・・悪い方には考えないでおこう。
 夜、病室の隣人Kさんから電話があった。ちょうど同じ日に手術をしたからか、私と同じように最近傷跡の痛みが憂鬱、と言っていた。「なんか硬くなって盛り上がってるし、体を伸ばすと変な痛みがあるんだよね」「同じ、同じ!」と盛り上がる。このなんともいえない不快な感じはやっぱり当事者でないとなかなかわからない。気がついたら超猫背でちょこちょこ歩きをしている、というのまで共通している。Kさんはすでに仕事をやって残業もあり疲れるんだとか。

●雑感

11/4 例えば大腸ガン関係の本には「人工肛門も今は器具も改良され、普通の生活が支障なく送れます」っていう主旨のことがよく書いてある。それは事実かもしれないけど、果たしてこれが本当に普通の生活だろうか、なったことがない人にはわからないんじゃないの、とも思う。もらったパンフには「性生活はもちろん出産もできます」。うーん、とうなってしまいました。現実に今の状態では想像もつかないもん。
 その一方でQOL(生活の質)が低下するのは否めない、という表現もあったりして「結局はそうなんじゃん〜」ってつっこみたくなる。えーえー、わかっていますよ、「一時的」なんだから我慢しなきゃ、って。だけどトホホな気分は一時的だろうが永久だろうが関係ないのじゃ。「梅」を意識しないときも、腸ゴローや腸へー(腸閉塞)の恐怖におびえてこわごわ食事をとり、動いたときの傷口の痛みにゲンナリし、お風呂もリラックスできず、忘れた頃にお尻のにぶーい痛みが襲ってくる。何か体に変化があると、「ガンにつながっている症状なのでは?」とまず疑う。常に「まだ病気であること」を意識させられる状態。
 私は手術してガンさえ取ってしまえばもうあとは治るだけ、と思っていた。だけどガンは私がが考えていたよりひろーい世界で、そこに踏み入れてからがながーい戦いなんだと実感するようになった。え、遅すぎ?

 で、スペイン語の不規則動詞の変化を一生懸命覚えている。健康体だったら絶対やらないと思うが、「病気のこと以外」なら今はなんでも気分転換になる。
ir(行く)=voy vas va vamos vais van

●ガンとゴミ

11/5 うちの粗大ゴミを搬出した。市の清掃工場に直接粗大ゴミを持ち込んだら総重量40キロでたった240円だった。 1キロ6円。やっぱり車(+力仕事を頼める人)があると便利!(お礼にお昼を「とんでん」でごちそうしました)。だいたいね〜粗大ゴミの引き取りたって階下までどうやって降ろせ、っていうのよ!とクサクサしていたが、「病人」を逆手にとって頼めるのは頼もうと思ったのだ。押入や物置に巣くっていた大きなゴミが片づいてすっきりした!しかも過去の男の遺物(?)も含まれていたりして、なくなってさっぱりしたのはガンと同じ感覚かも。(それなのにいままで長く抱えすぎていた、という見方も、できる)。
 ゴミが多くでたのは今年の冬からガスで暖房することにしたから。今までのように灯油をえっちら3階まで運べないから、石油の暖房器具はすべて捨てた。シャワートイレと言い、いろいろ生活環境が変わったなあ。コストより快適さ重視になったし。

●私、まじめに悩んでいます

11/7 4週間ぶりの通院日。やっぱり1時間半ほど待たされて末広亭と再会。腸閉塞については「やわらかくてのどごしがいいものほど、かまないから危険なんだ」という。じゃ、うどんもダメなの?
 末広亭は(大きなお世話なのだが) 「イブの夜に間に合うよう」逆算して考えてくれた。「17日検査で大丈夫なら19日か26日手術。 早くて2週間、最悪3週間もあれば退院できる。これならイブの夜は外で過ごせるぞ」とのこと。
「どうやらこの友だちともども彼氏はいないようだがな」と看護婦さんに言うので、
「先生、勝手に決めつけないでくださいよ」と抗議。
「そっか、決めつけはよくないな」。(昔イブの前に駆け込みで彼氏を作るなんていう話があったなあ。でも私はもうそういうのに浮かれる歳でもないし)。
「それに早くやってやらないと、今度は冬の服装に悩むことになるからな〜」
その通り!
 17日には注腸バリウム検査を受ける(内視鏡よりは楽だと思う)。どっから入れるの?と聞くと「お尻の穴からは入れないから」→要するに梅ジローからかよ・・・想像するとこわい。また例の検査食を受け取る。看護婦さんに「ストマだと、下痢になるのはつらいわね。パウチの余分はある?」と同情された。えーん。腸ゴロー、大暴れっ?16日はトイレの中で過ごそう。スペイン語の不規則動詞もいっぱい覚えられるに違いない。
 この日はCT検査、血液検査と尿検査。薬も前と同じ。診断書も書いてもらったので全部で3万円ほどの出費、お財布がすっからかんになった。帰ってみて改めてカレンダーとにらめっこ。
 19日手術はありえなーい。だって20日の早朝、来年のポルトガル行きをかけた大事な大事なプレーオフ第2戦。だいたい17日の結果から19日手術って、前と同じくあわただしすぎる。26日手術として・・・・リーガの日程を見てショックを受けた。
12/3 アトレティコとの「マドリーダービー」
12/7 バルサとの「エル・クラシコ」
12/14 デポル戦。
 ぐぐぐぐ。とくに第1週がいたい。それを我慢するってめちゃめちゃ酷な話やんか! 別にイブに間に合わなくてもいいよ。どうせクリスマス休暇でサッカーやらないもん。
 パウチもそうだけどフランジが微妙だ。今ある分だと26日手術なら足りないし、注文しても全部は使わない(ガスクリン様はありそうだけど、フランジなどは他に用途はないし)。ギリギリ今あるワンピース型パウチを動員すれば足りそうだけど、17日の検査次第では手術延期、っていうこともあるかもしれないし・・・悩みはつきない。

●「カンセル指数」

11/9 朝、ちゃんと投票へ行く。帰って一生懸命お片づけ。
 お昼過ぎ、S女史とOちゃんがやってきた。私でも食べられるもの、ということで鍋をすることに。肉もつみれなので大丈夫。梅酒なら、というので梅酒のお湯わりを飲んでみる。アルコールは実に3カ月ぶり。全然へーきだった。しかし冷蔵庫にストックしていたビールはS女史に飲んでもらった。イタリアみやげにフィレンツェにある名画の塗り絵セット(必要な色鉛筆込み。できあがれば絵はがきになる)をもらう。とてもコンパクトかつ時間がつぶれそうなもの。次の入院時の退屈しのぎセットだ。彼女のセレクトはいつもコンパクトでじゃまにならず実用的なのがすごい(コンパクトな花たば、ふりかけ、「大正時代の身の上相談」という文庫本)。場所をとったり、食べられなかったり、その場では役にたたなかったり、と正直困ってしまうお見舞いもあるわけで・・・(しかし好意はありがたいので、なかなか言えないし)。
 前日、H氏から「粉末青汁」を1缶いただいた。ついでに自然食品のお店で「抗酸化茶」やら無農薬の干し椎茸やらを購入。そしてこの日、前から頼んでいた「日田天領水」20リットル×2箱が届いた。日田天領水はなんでも活性酸素を除去する、「活性水素」が入った水。近くの酒屋でもペットボトルで売っているけど、いちいち買うのが面倒だし、割高になるので大きい物を注文した。この水で野菜スープを作ったり、青汁を溶かしたりするのだ。
 なんだか急速にいろんな健康法を試す人になったなあ。それなりにお金もかかっている。「カンセル指数」、上昇中。(スペイン語で「ガン」はカンセルと読む)。病気にならなかったらかからなかったお金、今月はすでに5万円を超しているぞ〜
 ところで結局考えたあげく、17日の検査でOkがでたら26日手術をお願いしようかと思う。12月のクラシコ&マドリーダービーはあきらめて、早めに復帰することを選んだ。ただし。20日早朝のプレーオフは燃えさせていただきます!
 同じ病気で2年前に手術をした方からメールをいただいたのもきっかけ。同じような位置にガンがあり、その方は最初からつないだそうだけど、その後の排便障害が大変だという。私はユーロ2004までになんとか旅行のメドをたてたいので、目先の試合にこだわってはいられないのだ。(しかしプレーオフには勝たないと元も子もないし)

●ラッキー?アンラッキー?

11/12 気がついたら今日はホームページ開設「7周年」(7はね、ラウールの背番号なの)。それと入院に備えて日記掲示板をお引っ越し。ケータイからどちらも更新できるので今度は入院のときも大丈夫。
 このページをきっかけにメールのやりとりをするようになった、ご近所にお住まいのrieさんと近くのファミレスでランチ。クリスチャンのrieさんは私の病気が治るようにお祈りをしてくださっている。ありがたや、ありがたや。「ドリンクバー」でハーブティーを飲みまくりながらおしゃべり。
 夕方、ガスの修理を頼んだはずが時間になってもこない。最初明日13日といっていたので間違われたのか。待ちくたびれてサミットへ買いだし。もちろん「葉つき大根」がお目当てなのに・・・今日はなかった。こんなことでイライラしてはいけない、いけないと思いつつ。せっかく来たのに・・・あれがないと野菜スープが作れない。しばらくガマンして青汁くんにすがるとしよう。ところでこの青汁、話には聞いていたけど、なにせうん自主規制させていただきます)になるので怖い。

●ウツウツ

11/16 サッカー、ユーロ2004プレーオフ観戦のために早起き。スペイン代表は逆転勝ちしたものの、期待していたような圧倒的な勝利を収めることができず(シュート数では圧倒していたのに)ヤキモキ。20日、ものすごくストレスがたまる試合になりそうだ。どうしよ?
 朝から検査食開始。朝食は白粥とみそ汁。どうせ今夜は腸ゴローであまり眠れないだろうから、昼まで寝る。昼食は味付け粥とすまし汁、間食でビスケット、飴とエネルギー補給飲料がセットされている。水分は水、お茶、コーヒー、紅茶などがOK。ただし乳製品は×。夕方最初の下剤を飲む前にお風呂に入ってスタンバイ。
 お風呂から出ると、TBSの「報道特集」でガンの最新治療法をレポートしていた。アメリカではいわゆる代替医療がさかんになってきていて、西洋医学との融合を図ろうとした「統合医療」というのもあるらしい。東京にも診療所ができた、とのこと。やっぱり基本はストレスをなくすこと、前向きになること。それで免疫力もアップするんだそうだ。「なった人にしかわからない気持ち」「退院してからがガンとの戦い」っていう言葉に激しく同感。エネルギー療法(外気功のようなもの?)で乳ガンを治した例や心の痛みを患者同士がいやしている姿もあった。梅と別れられたら渋谷の診療所にもまた行ってみよう。
 午後7時最初の下剤。トイレとの往復が始まる。午後9時2度目の下剤。手術前日のときよりやっぱり大変。鏡で顔を見ると一気に2、3歳歳をとったカンジ。その分、いい結果がでますように。

●別れがきまった♪

注意!これまで以上に「怖い記述」が多いので気が弱い方はやめた方が・・・
11/17
 ほとんど眠れないまま朝になってしまった。今日は乾燥しているのが傷口の痛みでわかる。キルケ特製オイルを塗り塗り。テレビをみたら今日の乙女座のラッキーアイテムは「アイドルグッズ」。私のアイドルっていえばラウールのキーホルダーしかないので、それをリュックにつけていくことにした。「背番号7」が私を守ってくれるに違いない、と祈って。
 予定の時間より10分遅れでX線室へ連行される。通常なら注腸バリウムはお尻から入れるので使い捨てパンツをはくのだけど、私は特別に?レントゲン用の病衣が渡された。んで検査技師も、お医者さんも女性でちょっと安心した。研修医、ってカンジの若くてきれーな関西弁の先生で(女子医大からか?)、あまりストマになれておらず、パウチを外すのもはじめてのようだった。お尻からバリウムでてくるんですか」と念のため確認すると、「そうね。だったら最初からおムツをしたほうがいいね」。結局大きな大人用おむつをはく。台の下には便をもらしたとき用にシートがしかれた。
 検診台に横になってパウチをはがされ、まず「口」を探される。はじめてわかったのだが、梅ジローにはいつもうんちょす&ガスが出てくる「出口」と、ちょっと横の方に肛門につながる「入口」があったのだ。どうやって梅から肛門へつながるほうの腸へバリウムを入れるのか、不思議だったけど、ようやくナゾが解けた。
 ちょっとだけバリウムを両方に流し、確認。すでにいやーーーーな鈍い痛みがある。次いで「入口」の方にバリウムが流し込まれ、検査スタート。加えて空気を入れたときお腹が苦しくなる。前にやった注腸検査のように、右に向いたり、左へ向いたり仰向けになったり指示をされるのだけど、なにせ梅にホースがつながっているようなので、動くたびにつっぱり感がある。ときどき泣きたくなる不快感があるのは前と同じ。だけど梅の分、プラスして今回はつらい。それでも女医さんが「検査は順調ですからね〜」とか、「大きな狭窄(せばまっているところ)はなさそうですね」とか言ってもらえるので気が楽になった。右に向いたときモニターが見える。
 ついに患部だった(吻合した場所)に到達。痛みが鋭くなる。空気を入れて広げているらしい。「うん、これが限界かな?」。深呼吸を続けるように言われ、撮影時には息を停める。つ、つらい。ようやく終わって、バリウムと空気をできるだけ抜いてくれたが、うつぶせになれない分、少しバリウムが残るとか。
 パウチを再び装着しようとしてくれたが、うまくできず自分でやることに。立った姿勢になり、梅を見ると、出血してパウチが赤くなっている。下にしいていたシーツも血がついているのが見えた・・やっぱり出血〜。微妙にかみ合わないのと力が入らないので、なかなかフランジの溝にはまらず3人で焦った。最後に「いやな検査でしたね」と労いの言葉をかけてもらった。「若いから(便意をもよおしてから)トイレまで保つと思うけど・・・」念のためもってきたパッドより引き続きおむつをしておくように言われる。検査の疲れと、朝から飲み食いしていないため、とにかく体に力が入らず、着替えに時間がかかった。改めてパウチを見ると、赤い血と白いバリウムが一緒になって、ピンク色!怖っ。
 検査結果を聞くために外来で待つ。名前が呼ばれて受付の椅子に座っていると、M尾先生が慌てた様子でやってきた。末広亭にいきなりお説教されていた。意気消沈して再び出ていくM尾先生に声をかけられず。
 次に私が呼ばれ、ドキドキの検査結果。無事に手術できるということで、まずは一安心。手術日はあれこれ迷って25日にしてもらった。やっぱり25日入院、その日に手術だそうだ(苦笑)。看護婦さんに「注腸・前処置」ね、と指示する末広亭。もうそれだけで私はピンときた。例の検査食+下剤をまたやるのだ。案の定、「検査食セット」を看護婦さんが持ってきて説明をする。もう3回目なのですっかりマスター。せめて別の味とかないのかな?(グリコが発売しているんだよ)。入院のパンフ、もろもろの入院時の説明も2度目なので勝手知ったる、という感じ。
 終わると12時。Rieさんにお願いしているピックアップの待ち合わせ時間にまだ1時間もあるのでさっさと会計をすることにした。名前が呼ばれて並んでいる間、便意+それに伴う痛みが走る。まさに自分の名前を告げた瞬間、フリーズ。痛っつ、おむつでよかった。苦痛にゆがむ顔を会計のお姉さんにみせることになってしまった。2カ月半ぶりにモノホンのコーモンの感覚。この痛みとの戦いが始まるのかあ。それでも必死に痛みをこらえ(かなりアヤシイ歩き方で)再び外科外来のトイレへ。ここのトイレは新しいのでウォシュレットつき。ウォシュレットトイレの恩恵を存分に受ける。トイレにこもること約20分。フラフラして地震でも起きているのかと思うことが何度かあった。念には念を入れて、持ってきたパッドもおむつにあてる。もお、アヒルのぴよちゃん。
 トイレから出てロビーに行くとRieさんの姿が。早めに待っていてくれたのだ。本当にお願いしてヨカッタ。自力では途中で倒れていたかも?車での帰り道、いかに大変な検査だったか、Rieさんに聞いてもらうだけで少し元気が出てきた(その分聞く方は大変かも)。
 戻ってからパウチを交換して、水+バナナでエネルギーチャージ。疲れた。でもよかった。「手術」、の言葉がこんなにも嬉しいなんて。というわけで、ちょっと寝ます。
 少々梅の「入口」、つまり出血した場所が痛い。あと「痔」のような痛み、便が残っているような感覚もある。大丈夫かなあ。

●欲望のおもむくまま


11/19
 検査後、体重を量ると1.5キロやせていた。そのせいか体力も落ちていて、少し歩いただけで息切れがする。手術まで少しインターバルを置いてよかったかもしれない。最短だったら今日手術だったけど、また間を置かずあの強制的な下痢ではさすがにまいる。梅ジロー・入口部門から少し出血も続く。痛みはそれほど感じないが、血を見るのは気持ちのいいものではない。
 と、凹んでいる場合ではないのだ。1日1回しかやらない中国のドキュメンタリー映画を観に朝から東中野へ。池袋へ戻り、恐怖を感じつつ(人の多いところはできるだけ避けてきたので)時間をつぶし、もう一本、見たかった中国映画を観る。レディースデーを逃すもんか。
 朝から無理矢理外出したのは、刻々と近づく「プレーオフ」第2戦のことをあまり考えないようにするためでもあった。このことを思うといてもたってもいられなくなる。
 今度は親戚が岐阜からやってくるのだが、それはそれで心配事がいろいろ。しかも父親から電話があり、またまとめて現金をおじに渡したのだとか。「そうやってまとまった現金をもってこられても困るんだから!銀行振込にしてくれればいいのに!」最初からそういうのが頭にない人なのでカリカリする。おじに電話して振込を依頼。なんでこうシンプルにことが運ばないんだ〜

●ポルトガルへ行くよ!

11/20 やった!思ったより快勝してついにスペインのユーロ本戦出場が決まりました。これから私が凹んでいるとき、「ポルトガル」の一言を言っていただければみるみる機嫌がよくなると思いますので、みなさま、よろしく。

●鬱ルンです。

11/21 昨日から梅・入口部門からバリウムが出てきている・・・痛みはないけど梅が「陰陽」になっていて、見た目はあまり気分のいいものではない(深く考えず、さらりと流して下さい)。加えてポルトガル行き決定で祝杯をボジョレーであげたら夜中から下痢に(酸味の強い若いワインはダメらしい)。これも睡眠が妨害されあまり気分がよくない(自業自得)。仕事先のなが〜い会議にはまってしまい、定時に帰れず(よりにもよって)。とにかくやたら疲れてしまうことばかり。
 それに手術前日の、あのつらい夜をもう一度やらなきゃならない。がんばって、という言葉がつらい、という病人は多いけど、その気持ちがよくわかる今日この頃。だって本人なりに精一杯がんばっているもん。なのに、もっとがんばらないとダメなの?
「がんばろうね」と書いたメールをくれた友人がいた。ちょっとした言葉の違いだけどすごくうれしかった。
 家に帰ったら生理が始まった。イライラ、ウツウツの原因はこれだったよう。またもや手術のときにはピークを過ぎているからラッキーと思わなきゃ。

11/22  バリウム、まだ出ている・・。私の体からはいろんな色が出てきます〜。パウチに余裕があるので、バリウムがついたパウチはぜいたくに「使い捨て」。
 手術前、最後のお出かけ、スペイン語へ。冬講座を申し込んだのはこのクラスでは私だけだったらしい。ホントに授業を受けられる体調になっているかはわからないけど、これも目標。授業の最終日にみんなで食事する相談になりちょっと寂しくなる。これまで休まず授業に出席して、最後の「おいしいとき」にこられないなんて。学食で「キノコと湯葉の雑炊」を食べつつ、ごっしーくんと「来年、ポルトガルに行くには?」作戦?会議。
 帰宅して今日、明日と体力があるうちやっておかなきゃと思い、入院の準備や、おばさんが泊まれる準備などで動き回る。あっという間に疲れて「シエスタ」(こりゃ元気なときも同じ)。

●食べ納め&慰労会

11/23 「おいおいおいおい!(←Jスカイのリーガ中継を見ていた人だけがわかる、「カネコ」の叫び風)」ってつっこみたくなるほどの出血&しつこくバリウムくん、こんにちは。でも重い布団を干し、図書館へ行って借りた本を返し、食糧を調達。とくに今日を最後にしばらくは物が食べられないから、とくに食事は大切なのだ。朝肉まん&温野菜サラダ&青汁ヨーグルト。お昼は買ってきた「イクラ&甘エビ」丼(ミニ)いつもの温野菜サラダ。おやつにはしっかりアップルパイを食べた。どうせ明日は下痢になるんだから、とボジョレーも一杯飲む(ふふふ)。今日の乾杯は「梅ジローへの勤労感謝」。Salud!
 入院中、梅がすぐには取れないことがわかってふさいでいたころ、M尾先生にグチったことがある。「先生、でもこいつ(=梅ジロー)とはお友達になれそうにもないです」「そんなこと言わないで、これのおかげでごはんも普通に食べられるんだから。とれる、ってわかっているんだし、その間は仲良くしてあげてくださいね」
 昨夜、最後となるはずのフランジ交換をした。あの最初の交換のときと同じような生理中、という状況だったけどすごくスムーズにできた。慣れていくことで梅と少しは仲良くなれたかなあ。(かといってずっと一緒にいたいとは思わないけど)
 とはいえ、明日は明日で梅ジローに八つ当たりしそう。
 

日付はすべて2003年のものです

この期間の日常についてはこちらにまとめています。

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