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手術〜入院前半 「痛みとの激闘編」

●手術
 
 いよいよ手術当日。なんだかあれよあれよというまに手術だけど、うんうん思い悩んで眠れない日が続くより、切って治るモンなら早く治りたい。
 外科の外来受付で、3階の外科病棟に院長がいるので、そこでお話を聞いてください、といわれる。指定された場所に行くと、今日手術を受ける患者とその家族が何人かいる。そこで再び末広亭の独演会に。手術当日、立ったまま一席聞くはめになるとは思わなかった。他の人たちもパンフを手にしている。つまりあの一連のネタを聞いた、ってわけか(実は1万何千件を超える手術を執刀した、職人なのであった)。
 しばらく寝起きすることになるベッドがある病室に行き、持ってきた荷物の整理。看護婦さんから手術の際にT字帯、その後しばらく腹帯が必要になるので下の売店で買ってくるよう指示される。体温を測ると7.2度。やっぱり眠れなかったのが原因だろうか。
 昼ごろになって、一人虫垂炎の手術が入り、その後になることを聞かされる。んでもってベテランらしき看護婦さんがやってきて、「下の毛を剃りますね。」来た〜!!しかも私はお尻の周りまで剃られた・・・。こういうことを仕事とはいえやっちゃうんだから、看護婦さん、いや看護師さんは偉いなあ。
 麻酔を打つ前にトイレに行くよう言われる。トイレから戻り、肩に注射。筋肉注射でちょっと痛い。ストレッチャーに乗り、いよいよ手術室へ。古い方の建物は工事中なのだが、手術室はその奥にあるので、廃墟のようなところをストレッチャーで進む。あちこち方向転換して酔いそうだった。少し麻酔も効いていたのだろう。キルケさんに「がんばって」といわれ、顔をあげようとしたけど上がらず、ただバイバイ、と手を振る。
 手術室を見回すといろんな器具があった。音楽がかかっていたけどロックだった。「よかった、落語じゃなくて」と変なことを考えた。麻酔医が、背中に全身麻酔をした、と思った直後から私の記憶はない。あとで手術した人に聞くと本当は、数を数えてくれるんだとか。私はその前から麻酔が効いて寝てしまったようだ。

というわけでここからはキルケさんのメモより〜
 午後2時頃手術開始。午後5時半、キルケ執刀医に呼ばれブツを見せられ手術の成功を告げられる。「終わったんですか!」とたずねると「まだもうちょっと。」当事者のベッドの部屋に戻り再び待つ。
 午後6時を少し回ったところで看護師さんに呼ばれる。HCUというナースステーションに隣接する部屋に案内される。他にも3人ほど患者さんが点滴や麻酔を投与されていた。ちょうど部屋の真ん中にいた。
 声をかけると「痛い。寒い」の連発。肩をタオルで保温してもらい、鎮痛剤も本格的に投与してもらって30分後にやっと痛みがマシになってきた。この日、午後7時に代理人家路につく。

 私が麻酔から覚めたのは「人工肛門造設」という言葉だった。え、やっぱり人工肛門なんだ・・・意識はモーローとしていてもものすごく悲しかった。その直後かしばらくしてからかはわからないけど、名前を呼ばれる。「わかりますか」。気がつくと、異常に寒い。それにあちこち痛くてたまらない。キルケさんがきているらしく、声がする。手術は無事に終わった、と声をかけてくれている。「でも人工肛門なんでしょ?」そういいたいが声にならない。やっと声にできたのが「寒い」。本当に寒い。聞けば手術室は4度という低温下で行われたらしい。「寒い、痛い」をだだっこのように繰り返していた記憶がある。最低血圧40といっているのも聞こえた。「人工肛門は、一時的につけたんだって」そんなキルケさんの説明にようやく少し安心、うなずいてみる。再び気がつくとキルケさんも看護婦さんも周りにはいなくて、ぴっ、ぴっ、という心電図や血圧計の音だけが響いている。痛い。呼びたいけど誰もいない。鼻に管が通っているからなのか、声もでない。右側の少し離れたところのベッドにいる人に家族が一生懸命呼びかけている。誰か私の苦しみに気づいてくれないだろうか。仕方なく天井を見つめる。
 再び気がつくと今度は真っ暗。病室のベッドに寝させられていた。常に心電図や血圧計の音がする。床ずれしないように体位を変えます、と看護婦さんが二人両脇から作業。痛い!何回か消毒やケアのために看護婦さんが現れる。こちらは身動きできず、されるがまま。

※人工肛門については、縫合不全が起こりやすい場所だったため、完全につながるまでの間、一時的に造設することになったらしい。
受けた手術は「直腸低位前方切除術」というそうです。


●翌日から歩く 

9/3 目覚めると明るくなっている。朝になったのかな。痛み止めも効いているのか、直後に感じた痛みはないがそれでも痛い。熱もあるようで氷枕をされる。看護婦さんが、お腹の手術後は運動すると治りが早いという。「午後にでも歩いてみますか?」まさか、身動きもできないのに歩くなんて冗談だろう。
 やがてキルケさんと、M氏が顔を見せる。M氏は奥様が調達したジブリのグッズを持ってきてくれた。カップとスリッパ、タオル。昨日の手術の様子をキルケさんから聞く。昨日の手術で取った「ブツ」を見せられたんだそうだ。しかもその後、カルビ弁当を食べたらしい。強者だ。
 この間、点滴、消毒、検温、血圧測定などなされるがまま。昼過ぎ、岐阜から親戚(いとこのダンナ)のTさん来訪。昨日父から「今日手術だ」と聞かされ、相当驚いたとか。今日は見舞いではなく父の代理としてやってきたという。「2、3日経ったらおじさん(つまり私の父)に来てもらうで。それで和光からここに通ってもらう」え?そんなこと、本当に父が自分からやると言ったのだろうか。父親に身の回りの世話を頼むなんて、それを避けたかったから岐阜に帰るのはやめたのに。だいたい右も左もわからない父に来てもらう方がよほど気を使う。それに2年前の喉頭ガンの放射線治療以来、すっかり「静養」モードなのに。Tさんの独断で言っているのではないだろうか。それでもあまり元気がないので反論することもなくただ聞く。それと入院費については今日まとめてもってきたが、請求書は岐阜に送ってもらうようにする、などと言っている。それも自分である程度の用意はしてあって、キャッシュカードや通帳はすべてキルケさんに渡し、彼女に払ってもらうことにしていたのに、話がややこやしくなる〜。とどめは「まあ、これを機会に早く岐阜に帰ってこや〜」でた!絶対出ると思った、この一言(いつも帰省するたびにこの人に言われている)。手術の翌日の、人が弱っているときにどさくさに紛れて・・・。すごく気分が悪くなる。
 「せっかくきたので、院長に話を聞きたい」というので席を立ち、しば〜らくして例のパンフを持って戻ってきた。「あの院長、何がいいたいんかさっぱりわからんで、『それで先生、結局のところどうなんやね?』と聞いた」とか。その後キルケさんと昼食に出かけた後、戻ると私が寝ていたので、帰っていったらしい。
 キルケさんはTさんに、私がこちらで一生懸命仕事して、それなりに認められてもいる。もう少しそれをわかってやってほしい、と言ってくれたんだとか。よかった。Tさんならではの価値観があるんだと思うけど、あまりにも一方的で閉口してしまう。第三者が言ってくれたことで少しは効果があったかも。
 さて、看護婦さん(キクチくん)がやってきて「歩いてみます?」冗談ではなかったらしい。少しでも歩かないと許してくれないみたいだ。ほんとはすごーく拒否したいけど、看護婦さんに体を起こしてもらう。立ち上がるとものすごくフラフラする。「大丈夫ですか?」当然、大丈夫ではない。
 鼻からは管(胃に通っている)、左手首に点滴、足にも何かぶらさがっているし、尿管もある。いろいろなものを点滴台にぶら下げなければならない。背中にはマイクのような大きさの入れ物から痛み止めの薬が流れている。その「マイク」は首からかけられる。こうして、点滴台にもたれかかり、脇は看護婦さんに支えてもらい、ゾンビのように前屈みになりながら、ゆっくり進んでみる。傷口と言うより全身が痛む。歩くなんてとんでもない、と思いながらも廊下を進み、ナースステーションを横切ってトイレでターン、先ほどの廊下に戻る。「今日はこの辺にしておきますか?明日も歩いてくださいね」。ようやく病室のベッドに戻る。熱は8度を超えている。でも廊下は常に歩く患者が多いのか、点滴台のコロコロという音が聞こえる。みんな歩いているんだ。
 タンが絡んで肺に入って肺炎になるといけないので、酸素吸入を二度ほどする。今は水分も摂れないが、うがいならOKだとか。しかし鼻に管が通ったこの状態ではうがいもかなり大変。
 夜、私は6人部屋の真ん中のベッドにいるのだが、両脇はかなりなばあさんであることがわかってくる。とくに右側は少しぼけが入ったばあさん。看護婦さんが「○○さん、いくつかな?」と聞くと「42歳」と答えるので聞いていて笑ってしまった(ほんとは痛いので笑えてはないんだけど)。「それはサバの読み過ぎだぞ」と看護婦さん。その2人のばあさんが、夕食後、テレビをそれぞれボリュームアップして(ご丁寧に違うバラエティ番組)イヤホンもつけずに見ているので相当堪えた。発狂寸前で耳栓を持ってきたことを思いだし、引き出しを手でさぐりながらとりだす。耳栓がなかったら痛みとイライラでどうなっていたことか。
 夜、寝返りできない苦しさ、痛みが続く。抗生物質や痛み止め、解熱剤などを投与された。何度も何度も消毒を受ける。ほとんど眠れず(と思う)。


●発熱

9/4 朝の回診で院長「どうだ?調子は?」「昨日歩きました」というと、「そっか」と拍手してくれた。「じゃあ、今日もがんばって歩いてな」そう言われると歩かざるを得ない感じ。「切り取ったブツの写真見たいか?」「えー、見たくないです」
 左隣のばあさん退院。会計がなかなかできず、迎えにきた家族とボリューム全開でおしゃべり。うち6割は再放送なのですっかり覚えてしまった。空きベッドがないからか、そのばあさんのかわりに、どこかの部屋から移ってきた人(声からいって若そう)が隣に。右隣もナースステーション近くの部屋に移り、別のばあさんがかわりに入った。ところがそのばあさん、某宗教の熱心な信者のようで、ときどき数珠とお経が聞こえてきて・・・ふう。
 熱は8度9分ぐらいになり、解熱剤を打たれながらもやっぱり歩く。フラフラするけど、昨日よりつらくなかった。
 ベテランの看護婦さんが、寝返りがうてないならこのクッションをすると楽になるから、と、ピンクの円錐形のクッションを持ってきてくれた。背中に入れると体の向きを横にすることができる。確かに楽!「マッキー」と呼ぶことにする。
 夜中、猛烈にお腹が痛くなり、痛み止めを追加してもらう。その直後、左のお腹から突然空気が!びっくりしてナースコールをする。「どうしました?」「あの・・左のこのあたりから空気がでてきた気がするんですけど」「ああ、そこからならストマからガスが出たんですね。心配いりませんよ」え?私はまだお腹を見ていなかったので、ストマ(人工肛門)はよくある(という)左側のへその脇でもあるのだと思っていた。そこあたりの管をいつも消毒していたからだ。このとき初めて右側にストマがあることを知る。そういえばなにかビニール袋のようなものがついていて、時々交換していたっけ。
※つまり私のストマは「横行結腸」にあるらしい。


●少しずつ回復へ

9/5 朝の回診で昨晩ガスが出たことが報告されると、鼻の管を抜いていい、との院長の言葉。やった〜!!「少し気持ち悪いですよ」胃からすっと管が抜ける感覚はしたけど、うっとおしい管だったので、それが抜けた快感の方が遙かに大きい。メチャメチャ気分が違う。さっそくベッドを起こして洗面所に行き、うがいをすると、タンもとれ、すっきりさわやかに。これで顔も洗える。さらにはじめて持ってきた洗顔料で洗うとさっぱりした。微熱はあったが、また歩く。同じコースにあきたので、渡り廊下でつながっている3Aの整形外科病棟の方まで歩いてみる。
 キルケさんに鼻の管もとれたし、熱もだいぶ下がったので、親しい人に連絡して「お見舞い解禁」にして、と頼む。
 髪がべたついていたので、若くて優しそうな看護婦のYさん(頼みを聞いてくれそうな感じだったので)に「私、シャンプーしたいんですけど、だめですか」と聞いてみる。しかしまだ熱があるので、もう少し様子をみて、とのこと。
 夕回診ではストマに便も貯まっていることが確認され(私は見えていない)、ついに水分OKに!点滴台にかけられた札も「禁飲食」から「水分のみ許可」になった。飲んでいいのは、水、烏龍茶、ポカリスエットだそう。急いで下の売店へ。6時閉店でギリギリ間に合った。ジャスミン茶とポカリスエット、ついでにテレホンカードを買う。お茶がおいしい。じんわり、感動。
 とりあえず父に電話をして知らせる。Tさんが言っていた例の件、やはり父の意志ではなかったようで、悪いけど体の調子もよくないので行けない、と言われる。元々私もムリして来てもらおうとは思っていなかった、と伝える。ちょっとTさんを怨みたくなる。
 ガスが初めてでたときのように時々お腹が痛くなる。


9/6 5時30分の朝の検温でようやく7度以下になった。今日は土曜日なので院長の回診はなし。しかも重湯OK!になり、ようやく点滴に頼る生活からおさらば。「水分のみ」の札もなくなった。しかしそれまでの看護婦さんの言葉から、なんとなくストマが外れるのは近々、というわけではないらしい、ということを察していたので、若い先生に「先生、人工肛門はいつ外れるんですか?」と聞いてみた。「院長からはできるだけ早くおろすように(人工肛門を閉鎖するように)いわれています。経過をみて、だいたい2カ月ぐらいでしょうか」。やっぱり、そうだったのか。一時的、というからには入院期間中の仮のもの、ぐらいに思っていたのに、「2カ月」。それ聞いてかなり憂鬱な気分になってしまった。
 一人ベッドに横になりどんよりしていると、キクチくんが「シャンプーします?」と声をかけてくれた。「いいんですか?、わーーーーい!」。いきなりテンション上がる。
 ちょうど前日から隣のKさんと言葉を交わすようになっていた。子宮筋腫だったKさんも私と同じ9/2の手術。シャンプーは当面の二人の課題だったのだ。
「Kさん、これからシャンプーしてくれるって!!」
「よかったね〜」
 洗面所の奥にはシャンプーができるようになっていて、キクチくんがすでにスタンバイしていた。「もお、私油っぽいから、髪がポマードつけたようになっていたんですよ!!」。じょわ〜と髪にお湯がかかるのが気持ちいい。ちゃんと2度洗いしてもらって「かゆいところない?」なんて聞いてもらったりして、美容室気分。それになかなかキクチくん、シャンプー上手だわっつ!「看護婦さんてすごいですね〜シャンプーまでやっちゃうんだもん。ほんとすっきりしました、ありがとうございました!」
 次にKさんもシャンプーに呼ばれ、終わった後、二人で本当にすっきりした、としみじみ。ちょっと前まで憂鬱だったのに、ゲンキン。
 今まで関係なかった食事の時間。ヘルパーさんが出してくれるほうじ茶のサービスに続いて、12時に私にも「流動食」が配膳された。用意していたスプーンをようやく使うことができる。ベッドをおこし、テーブルを寄せてスプーンで飲む。重湯、といっても味はないし、元のがなんだかわからないような、汁物が何品かつくだけだけど、それでもうれしい。なにより具ナシのミソ汁「ミソスープ」の塩味がとてもおいしく感じられた。
 夕方naoさん来訪。すっごくかわいいモモちゃんの人形やタオルを持ってきてくれた。それに「どれがいいかさっぱりわからなかった」というサッカー雑誌まで!この心遣いがうれしい。デジカメを撮って過ごす。「何かいるものがあったら言ってね、みんなに伝言で回すから」。では、と絶対数が不足しているネグリジェをリクエスト。実は尿管やその他、管があるので普通のパジャマではだめなのだ。ところが前あきのネグリジェで、ダサイ花柄じゃないものってなかなか見つからない。それに「北方謙三の三国志」(文庫版)をリクエスト。

9/7 初めての日曜日。日曜日は体重測定があるらしい。約4キロやせていた。背中に流していた痛み止めをはずす。これで一つ、出歩く際の荷物が減った。これから痛くなったときは、肩に筋肉注射だとか。それも正直やだな。
 回診では腹帯とその下にしているパッドを外して、お腹を開けて待つ。そのとき、初めて傷口を見てしまいびっくり。こんなに大きな切り傷になっているなんて・・・。
 キクチくんにピアスは化膿しやすい時期だけに避けるように言われていたけど、穴がふさがるのがいやで、密かに通してみる。やや通しにくくなっている。
 午後、Oちゃんと高校からの友人S女史(スペ語の達人)がきてくれた。S女史の差し入れ「ふりかけ」渋いぞ。
 キルケさんとともに山男のMくん、Sさんもやってきた。本を何冊か持ってきてくれた。コッリーナの本とか、なかなかシブイ選択。彼らもタオルを持ってきてくれたので、「もうタオルは十分です」宣言。
 お見舞いに来た人は同じ歳か近い歳が多いので、「そろそろガン検査したほうがいいよ」とみんなに検査を勧める。私が言うと説得力があるようで、Mくんなどはさっそく会社の大腸ガン検査を申し込んだとか。キルケさんがスペインからのエアメールを持ってきてくれた。「カルネ・マドリディスタ」会員のための誕生日カード。去年のトヨタカップの時のマドリーのチーム写真とそれぞれのプレーヤーのサイン(もちろん印刷)。しかしさすがスペインなのは、なぜかそれが2通送られてきていたこと。中味は同じだった(なんだかな〜)


●抜糸や管を抜く

9/8 朝の回診でお腹の切り傷にとめてあったホチキスをはずす。少しちくっとしたけど思ったより痛くなくてほっとした。まだまだいろいろな管が入っているので、1日3回の消毒がある。まいるのは夜中、12時30分ごろの消毒。強制的に起こされるので、その後なかなか眠れない。しかし常時したままだった点滴が、夜はなくなり、昼の間だけでも手の自由が利く。
 「シャンプーする?」と今日もキクチくんに言われる。しっぽ振って洗ってもらう。なによりの気分転換。
 昼食、いつもの流動食と思ったら、3分粥にグレードアップ!!米のつぶがかろうじて見える。とはいえ、「超きざみ食」とあるだけに、ほとんど元の形がわからない。魚のすり身、野菜のすり身。だけど流動食とは違って味があっておいしく感じる。
 夕方マダムOが来てくれた。リクエストしていたネグリジェ、ピンクのかわらしいものを買ってきてくれたのだ。前あきで、(痛み止めの容器を入れるためなどに)ポケットがあって、(ノーブラなので)透けないもの、というわがままな注文に完全に応えていた。高島屋で見つけたらしいけど結構デパートを探し回ってくれたとか。感謝、感謝。
 その後、Oliveさんも登場。有名な●ブリ美術館の総務から異動して今度はスタジオ・●ブリのシステムの仕事をすることになり、ちょうど忙しいんだとか。その忙しいなか、彼女も私のリクエストに会うネグリジェを買ってきてくれた。あんまりシンプルすぎるから、と胸ポケットにアップリケを付けてくれた。また、袖口にゴムを入れてくれた。やっぱり細かい心配りが嬉しい。久しぶりにあった3人/5人、いろんな話であっという間に時間が経ってしまった。


9/9 朝の回診。例によって末広亭が昨日入った私の向かいの患者さんに一席聞かせている間、その他の先生が軽い感じで「じゃあ、抜糸しちゃいましょう」。末広亭の落語を聞きながら、抜糸されていると、その顔を見て先生が「眉間にしわがよっていますよ〜」と笑った。テーブルの上に置かれたコッリーナの本を見て、若いT先生が「サッカー好きなんですか?」と聞いてきた。T先生の「抜糸すみました」と聞いた院長。「おう、じゃ今日からネロ始めるか!」ネロ?ネロってなんじゃ?淡々とメモする看護婦さん。
 「すみません、ネロって意味がわかりません」「ぼうくん、だ。ぼうくん」「あ、暴君ネロ・・・。」ネロとは膀胱訓練のことで、決して医療用語ではない。末広亭のネタの一つなのだった・・・あとしつこく「ブツの写真、要るか?」「要りません!」
 あとで看護婦さんが説明に来てくれた。膀胱に近い神経をさわっているので、手術の後遺症として膀胱の機能が麻痺していること、さらに長い間尿管を通して「垂れ流し」になっていたこともあって、今日から少しずつ尿意を感じておしっこを出す訓練をする。つまり、このうっとおしい尿管を抜くための第一歩なのだ!尿管を巨大なハサミでいったんせき止める。そして尿意を感じたとき、看護婦さんを呼んでおしっこを出し、その量を記録してもらうのだ。
 その後、「婦長です」とあらたまった様子の婦長さんがやってきた。「大変申し訳ないけど、お部屋を変わってもらうことになりました。ここにIさんと、M田さん、二人『田』がつく名前なので、万が一名前の間違えで医療ミスが起こったら大変なので、ごめんなさい。今度は田、が付く人がいない部屋になりますので」
 え〜せっかくKさんと仲良くなったのに〜。それに向かいの人が昨日入ってきたから田が二人になったンじゃん!なんで私の方が動かなきゃならないの〜?納得出来ないけど、結局斜めの「308」の窓側の部屋に移動。今度は4人部屋で、顔は見えないけどみんな若そう。斜め前の人はその日に退院、それに隣の人は盲腸、向かいの人は黄疸が出て入院、検査中ということがわかる。平均年齢が若いし、症状もわりと軽い人たち。
 今まで担当だったキクチクンに代わって、今度の部屋の担当はこれまでもたびたび見てきた、超〜色白の若い看護婦さん、Nさんに。
 ぼうくんを始めたのはいいけどナースコールして「おしっこ出します宣言」をするのってマヌケている。透明の管をおしっこが通過して出きるのをひたすら待つ。でもここでは何でもないことなんだ。訓練になるからと、できるだけ水分を摂り、おしっこをするように言われる。
 お昼の看護婦さんの見回りでお尻のところが痛いことをいうと、ベテランの看護婦さんが「円座使いますか?だいぶ楽になりますよ」。こうしてエンザくんがやってきた。マッキーにはずいぶんお世話になったけど、もう寝返りが打てるようになったので返却。これからはエンザくんが私の「玉座」に。
 ストマ・・・にネガティブになっていてもドクターには「いい便がでてますね〜」っていわれるし、看護婦さんには「きれいなピンク色!まぐろみたいね」って誉められる?し。不意にガスが出たときちょうど看護婦さんがいたけど「腸が動いている証拠!聞いてて気持ちいいね〜」なんて言ってもらえる。そうしたことで少しずつストマがある状態を受け入れられるようになっていく。
 夕方、仕事先の人2人がお見舞いに。業務の人たちはSARSでまったくイベントができなかった春のしわ寄せですべて行事が集中して忙しく、こられないとか。
 この部屋ではみんな携帯を持ち込んでメールなどをしているし、消灯後もイヤホンで聴いているので、私も、と思い、とりあえず「ウオーターボーイ」の最終回をちらりとみてみる。(ちなみに600分1000円。暴利だ)しかし真っ暗な部屋で不自然な姿勢でテレビを見るのは結構疲れ、すぐ眠くなる。ちなみにぼうくんは夜はお休み。


9/10  「おう、ここに移ったのか!」で、末広亭。いきなりカルテを私の目の前に広げ、「これが写真だ」。いつも私が拒否していたので、結局強制的に見させたらしい。・・結局見させるンじゃん。しかしその写真は、それぞれ分解されて、「標本」のようになっていたので、キルケさんが見たという血が滴った状態のブツより数倍まし。
 末広亭の指示でお腹に刺さっていた管を1つ抜く。処置の最中、「あっ、ラウールじゃないですか?」。私が机に飾っていたラウールの写真を見て、初めて反応が。いつも丁寧に説明してくれるM尾先生だ。「ベッカムじゃなく、ラウールっていうところが通だな〜」嬉しい一言。ラウールが大好きで2月に一人でスペインに行ったことを自慢する。さらに横にあったチームの写真を見て、「イエロじゃないですか〜」。「ボクは大学時代サッカーやっていて、ちなみに大学日本一になったんです、医学部で」「すごい!フォワードですか?」「ディフェンスです」。だからイエロに反応したんだな。
「じゃあ、早く元気になってスペインにまた行ってください!」
「来年行くつもりです!(ほんとはポルトガルだけど)」
 昼食から五分粥、「きざみ食」へ昇格。
 部屋を移ったことをいいことに、こっそりピアスを入れる。だれかに注意されたらそのとき外せばいいもんね。
「おしっこしたい感じわかる?」といろんな看護婦さんに聞かれるが、自分でもなんともいえない。とにかく水分をとらなきゃ。
 kさんと整形外科病棟のロビーで話していると、バカでかい花束をもった知人発見。まさか、これ、お見舞い?と思う間もなく、花束を渡される。花束って、どうすりゃいいのよ、こんなばかでかい花を飾れる場所だって、花瓶なんてないんだから!時間がないとかですぐ帰っていったけど・・・ちょうどキルケさんもやってきたので二人で苦悩する。「なんだ、言ってくれればそういうの持ってきてもらっても困るって言えたのに。とりあえず、ゴミ箱に入れとく?」で、結局水を張ってゴミ箱に入れることに。しかたがないので写真だけ撮る。ゴミ箱ごと下に置いておいてもじゃまだし、何かの拍子にひっかけてしまうかも、ということで結局ナースステーションに引き取ってもらうことになった。たぶん、高い花束だったろうけど、個室じゃないかぎり、ああゆうのはもらっても困るなあ。
 斜め前に新しく入ったおばさんは家族が入れ替わり立ち替わり大人数で来る。閉口するのは小さな子ども。2歳らしいけど、ぎゃんぎゃんうるさい。病院だから遠慮すべきだと思うのだが。再び耳栓が必須に。
 キルケさんをエレベータのところまで見送ろうと歩いていたら、猛烈な腹痛に。いそいでベッドに戻り、横になる。しばらくすると落ち着いた。
 夜勤の看護婦さんがまわってきたとき「あ、ラウールだ!」「この写真見てわかった人、2人目です!好きなんですか?」でまた盛り上がる。マドリーではフィーゴが好きなんだって。あと名波ファンらしい。「あ、いけない。仕事忘れそう」


9/11 朝の回診でお腹の「支えている管」抜かれる。これが結構ダメージがあり、一時間ほど横になってうなされる。
 T先生「昨日のサッカー見ました?」みた、みた。「あのヘディング、ものすごい高さでしたね〜」ほんとはスペイン代表戦の結果の方が気になる。お昼の点滴もなくなった。これでかなり自由が利くようになる。
 さて、この部屋に移って2日目。キクチくんは1日おきにシャンプーしてくれたのに、もう2日洗っていない。今日は絶対洗いたい。とある看護婦さんにいうと、「自分でできます?」(少々迷ったが)「はい・・」「タオルとかシャンプーは自分で用意してくださいね」。しまった、頼む人を間違えた。キクチくんのときはタオルもシャンプーもいらなかったのに。しかたなく自分で洗うことにした。慎重にやったつもりが、後ろの方を濡らしてしまいパジャマがベタベタに。みかねたヘルパーさんが「一人でやっているの?手伝いましょうか?」。結局手伝ってもらい、無事に完了。ものすごく疲れた(私はいまだに尿管をつけているので、点滴台を常にお供につれなければならないんである)。
 そろそろストマのことも自分でできるように、というのでガス抜きの仕方を教えてもらう。「顔がゆがんでいますよ」と笑われる。だって自分のとはいえガスをかぐことになるんだもん。(実際には少しお米が発酵したような匂い。ほんとのおならよりくさくないような)
 夜、H氏来訪。実はウクライナ戦の録画を頼んでいたのだが。「スペイン勝ちましたよ。ラウール2得点です。それで・・実は録画失敗しました」な、なんと!あまりのことに立ち直れず。ラウール・トーレスくんの2トップ、ごっしーくんが見に行ったはずの試合、絶対見たかったのに!!
 隣に新しく入った人が手術。痛い、痛い、といううめき声が聞こえる。1週間前の私を見ているよう。痛くてトイレに行くのがつらいから、管を通してもらえませんか?などと看護婦さんに訴え、怒られている。「絶対だめです。ちゃんと自分でできるんですから、痛くても我慢してください。自分で出せなくてそれで苦労している患者さんだっているんですから!」(そりゃ私かい?)

9/12 いきなりパン食&コーヒーがでて、びっくり。パンはトーストしていないもの。イチゴジャムをつけて食べると懐かしい給食の味。
 M尾先生は朝8時の出勤とともに、外科の患者のベッドを一人ひとり訪ね、様子をうかがう。たいていそれは朝食を食べているときになる。再手術のことについて質問すると丁寧に答えてくれた。お尻の管が痛い、というと「うーん、お尻に縫いつけてありますからね」う〜想像しただけで痛い。
 朝の回診の前にたいてい体拭き=清拭(せいしき)のために、ヘルパーさんがタオルを持って回ってくる。私はストマや、まだ管もあるので、看護婦さんが体を拭いてくれる。それと、実は尿管にお尻の管もあり、体液が少しずつ洩れているので手術以来、私は「おしめ」をさせられているのだ(一度は歩いているとき、体液が大量に流れてきた。女医さんがやってきて、尿道か膣か、肛門か、どこから流れているか調べられたこともあった。情けなかった)。清拭のとき一緒に着替え、おしめやストマのパウチもとりかえる。Nさんに「そろそろブラをつけたいんですけど」というと、「うーん、もう少し待って」との答え。
 回診で末広亭より、「リンパの転移はなかったが、一応念のために抗ガン剤を使うことも考えたい。あ、副作用はないよ。元々毒だから。わはは」との言葉。
 コーガンザイ・・・はあ〜。またテンション下がる。
 この病院は10日ごとに締め日があり、今日が10日までの分の請求書が出る分だけど、そういえば支払いの件どうなったんだろう?というのでTさんが話をしたらしい事務局長に再確認。「なんでもご実家の方に1カ月分まとめて請求書をお送りするように、ということでした。うちは銀行振込はできないので現金書留で送ってもらう、ということになっています」まったくもう!事務局長には父には面倒なことをさせたくないので、こちらで払う。他の人と同じように10日までの請求書を私に出して欲しい、と頼む。どうしてわざわざ話をフクザツにしようとするのかまったく理解できない。父に電話して、とにかく全部こっちでやるから安心するようにいう。父もそっちの方がよかったみたいでどうやらTさんの独断に言い出せなかったらしい(ヤレヤレ)。
 請求額は合計32万円ほど。やはり手術の22万円というのが大きい。ここは元健保勤務のキルケさん、高額医療費で戻ってくることなどを教えてくれる。
 夜中、寝返りを打ったとたん、管がある脇腹がモーレツに痛くなり、フリーズ。とにかく動けない。やっとの想いでナースコールのスイッチをたぐりよせ、コールするがやってきた看護婦さん、妙にクールな人で「ものすごく痛いんですけど」と言ったのに対して無言。もう一度「痛いんです!」「だから、どうするの?痛み止め打つ?」。そのとき少し痛みがひいたので、「じゃあ様子を見ます」という。この人、嫌いになりそう。
 朝の検温で部屋が明るくなったあと、再びフリーズするほど痛みが襲う。コールして今度こそ肩から痛み止めを打ってもらう。しばらくすると痛みがひいた。


9/13 朝、M尾先生に夜中の激痛について話す。「それはお腹の管を体が自分で出そうとしていて起こる痛みで、いいことなんですよ」といわれ、安心する。回診でお腹を見せると、M尾医師たち、「ああ、かなり(管が)出ていますね」とにこやかに会話。ずるずる、っと管を抜かれる。そのときは処置をしてくれたM尾先生と目を合わせて笑っていられたけど、少したつとやはりダメージがあり、しばらく横になる。ところが例の家族がまたやってきてうるさいので、仕方なくナースステーション前のロビーに避難して本を読む。本当はもっと寝ていたいのに〜
 Nさんに頼んでシャンプーをやってもらう。キクチくんのほうがうまかったような・・・
 午後、仕事関係の方のお見舞いのあと、ラウールファン仲間のあおきむたさんがお見舞いに。サッカー雑誌やラウールの情報をいろいろ持ってきてくれた。2人で話しているうち、Aちゃんが現れびっくり。「え?ニューヨークじゃなかったの?」渡米時期だと聞いていたのであえて知らせなかったのだが、他の人から聞いて慌ててきたという。なんと渡米は明後日とか。「ごめん、忙しいときに」「ほんとだよ〜まったくこの忙しいときに心配させて!かんべんしてね」その後、「私今、人工肛門と自分の肛門と、2つあるんだよね。デュアル肛門なんだよ」というと二人でバカ笑い。自分でお腹の傷を痛めるはめに。


9/14 またもや日曜日、体重測定の日。さらに1キロほど減っていた。回診で「お尻の縫ってあるところとりますね」うう。覚悟したけど、それほどの痛みなし。「これで座るのがずいぶん楽になると思いますよ」。だんだん管や糸やホチキスがなくなって普通の人間に戻っている感じ。残るはおしっこの管だけ。
 たしか前にシャンプーしたいって頼んだYさん、ほどなくしてキクチくんがシャンプーをもって「シャンプーする?」と聞きに来てくれた。なんだ〜昨日だったら喜んでやってもらったのに。「昨日洗ってもらったんです。ありがとう」
 消毒で看護婦さんを呼んだ直後、Kさんがお見舞いに現れた。「ごめん、今から処置があるので、ロビーで待っててくれる?ロビーって椅子がいっぱいおいてあるところ。わかる?」ところがなかなか看護婦さんがやってこず、20分ほどして登場。「すみません、ドクターと会議をしていて遅くなりました。あのね、明日ストマの抜糸をすることに決まりましたので」はあ。「院長が膀胱の管がとれたとたん、退院っていいかねないけど、まだストマの方の練習をしていないので、抜糸をして早くストマにも慣れてもらうことになったんですよ」。はあ。まあ、抜糸って言っても今までと同じぐらいなんだろう。
 30分ほど待たせてしまった、とあせってロビーに行くが姿なし。あれ?整形外科や1階も探してみたけど見あたらない。まさか、帰っちゃったとか?すれ違うといけないから病室に戻っているように看護婦さんに言われたので、しかたなく戻る。
 さらにしばらく待っていると、kさんがベッドをのぞきに来た。「どこで待っていたの?」なんと昨日まで使えなかった近くのエレベータが開通していて、それで下の総合受付前のロビーで待っていたそうだ。スペインの画集などをいただく。
 ところで私のサッカー好き&スペイン行きたがっているという話はあっという間にいろんな看護婦さんやドクターに広まっていた。となりの人が処置をされているとき、通路がふさがって私が通れないことがあった。
「Iさん、ちょっとの間、スペイン行くの待ってくださいね〜」っていう具合。
 朝6時からのスペイン語講座をテレビで見たあと、そのテキストがテーブルにおいてあったりするとあるドクターが回診で見つけ、「スペイン語やっているんですね。そうっか、サッカー見るためだったら当然ツアーじゃないでしょうからね。フリーで行くならスペイン語できないとね」と妙に納得して去っていったり・・・
 夜、「やべっちFC」をこっそり見る。な、なんと前日の試合でラウールはハットトリックをしたらしい。しかもほれぼれするような「ジャンピング・ループ」など、すんばらしいの一言。真っ暗な病室でガッツポーズ!明日はゴキゲンで目覚められそう。

日付はすべて2003年です。

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