第7日目(2006.6.24)
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今朝も平和なP

 朝。早くからパパが庭の芝刈り機を回す音がする。みんな早起きで健康的だ。ゆうみちゃんと2人で宿泊費を持って行く。ママと若い娘さんがいた。セバスチャンは地下か?娘さんはインターネットをやっていた。いつも真夜中に帰ってくる迷惑な客だが、そんなクレームもなく、優しい。「今日も帰りません。今日はライプツィヒにいくの」「ライプツィヒ?そう!気をつけてね」

フランクフルトで怒る

 そう、今日・明日はかなりなロングドライブだ。
 まずフランクフルトでチケットをピックアップすることになった。フランクフルトへは2時間ほど。チケットセンターの列は直射日光バンバンのまったく影のない日向にできていたので、例の日本代表バンダナを被り並ぶ。それを見て日本人の男性が近づいてきた。「日本のTSTですか?」。違うので「違います」と答える。何がいいたいんじゃ、と思ったが、代表のそんな目立つモノをあえて被っていれば誤解を呼ぶのも仕方がないですよ、と言われた。そうだった。前に並んでいるグループはスペイン語だ。アルヘンユニを着ている。話すと英語もできる。奥さんは木陰で待機中。聞けばアルヘンはあくまでも「マイ・ハート」で、持っているのはエクアドルTST。 エクアドルサッカー協会枠のだったから、VIPだろうか。
 ポルトガルTSTを替えるmasumilkさんとゆうみちゃん、スペインTSTに替える私とスタオグループに別れ、それぞれの係の前に出頭。なんでもデジカメで記録するmasumilkさんは係のお兄さんもパチリ。
 私たちの係はぽっちゃりめのお姉さん。ところが、厳しい顔をしだした。
 名義の筆頭者はスタオくんのお父さんから、私に変更してすでに手数料10ユーロ払っている。なのに、まずスタオ父のパスポートは?と聞いてくる。その話を通すのに、まず一苦労。ようやく名義変更済みだと確認され(なんのための10ユーロなんだ!)一安心かと思いきや。チケット記載者全員のパスポートがいるという。
 をいをい!そんなこと、書いてなかったじゃん!しかし、いくら今はない。といってもダメ。名義筆頭者だけですまないのか、聞いてもダメ。責任者に確認に行ったがダメ。改めて全員のパスポートを用意するように言われる。なんだって!そもそもスタジアムに行けば名義チェックなんてしていないのに、なんのための「全員のID確認」なのだ?私が思うに、チケットセンター毎、ひどければ係ごとに融通は違うような気がする。とにかく、改めて来い、ということだったので、腹が立ったが出直すことにした。全員のパスポートのコピーはPにあるのだ。明後日にしかできない。
 パスポートだけと言われたが、もしかしたら委任状もあった方が安心かもしれない。こんなとき、頼りになるのはスタオ兄。携帯で連絡し(日本では夜だ)、委任状をPDFファイルで送ってくれるように依頼。(ほんの半日で送られてきていた)。ちなみにポルトガルTSTの方はスムーズに替えられたらしい。

ワイマールは、遠かった。

 予想以上に時間をロスし、直射日光にさらされた以外得るものがなかったフランクフルトから、ワイマール(ドイツ語で言えばヴァイマール)へ急ぐ。この路線はトラックも少なく、走りやすい。途中、チューリンゲン州に入る。つまりここからは旧東ドイツだ。いっそう交通量が減り、やたらに目にする風力発電用の風車。エアフルトを通り、ワイマールへ。実際に泊まるのは、ワイマールの隣のインターチェンジからすぐの、モーテルだ。フロントに行くとなかなかホテルの人がでてこなかった。どうやらドイツ戦がはじまって、試合を見ていたらしい。
 一度部屋で態勢を整え、出発。この日のチケットはゆうみちゃんと私だけだ。当初、私たち2人は電車でワイマールへ戻るプランを考えたが、どうしても夜中3時頃になってしまうので、4人で車で行くことになったのだ。

いかにも旧東ドイツ・ライプツィヒへ

 アウトバーンからでも東西格差はなんとなく気が付いていたが、一般道に降りてから、その差がはっきりわかった。急に道の状態が悪くなったのだ。古い石畳の道にそのままアスファルトを流し込んだような感じで、でこぼこ。舗装がされていないところが多い。標識もかなりいいかげんで迷う。インフラが確実に立ち後れている。それだけではない。ライプツィヒの町中に入ると、割れガラスがもの悲しい工場の廃墟、空き家が目に付く。そうそう、昔の中国のような、そして映像で見た殺風景で極端に街に色がない、「東の社会」。そんな感じだ。もしもなんの情報もないままこの町に着き、旧東か西か当てろ、といわれたら必ず当てられそうな気がする。
 そんな暗い第一印象の街だったが、この日、このタイミングははじけていた。なにせR16、ドイツがスウェーデンに勝ったのである。もしかして、さきほどから異常に車の交通量が少なかったのは、このせいだったかもしれない。ちょうど駅についたばかりのときで、若者がドイツ国旗を手に大騒ぎをしていた。

 駅についた時点ですでに試合開始1時間前を切っていたので、スタオくんの指示通り(すでに14日、スペイン−ウクライナ戦でここは観戦)トラムでスタジアムに向かう。
 試合開始が近いので、たむろしている人もまばら。チケットゲートを通ってからやたら草むらのようなところを歩かされる。
 スタオくんのレクチャーによると、ここのスタジアムは10万人収容の巨大なものだったらしいが、ワールドカップ開催を機に建て替え。今度はFIFAの基準を満たす、一回り小さなスタジアムになった。だから前のスタジアムの「器」の部分が外側階段として残っているのだ。ちょうど、カルデラのようなもん?いったん階段を登って、また降りて、ようやく新しいスタジアムに入れる。さらにまたスタジアムの階段を登るって具合で、いきなり膝の裏が張っていた。筋肉痛を起こさせるスタジアムだ。

試合観戦その4・アルゼンチンVSメキシコ

 試合開始ギリギリになって到着。メインスタンドの上の方だったが見やすい。メヒコサポもアルヘンサポもほどよい混じり具合の席だ。ドイツ人もわりといる。私はゆうみちゃんのアルヘンユニを借りつつ、心の中ではメヒコも応援。
 例によってメキシコ国歌のときは全員ポーズを取って歌う。となりはアルヘンカラーを身につけながらも、なぜかメキシコを応援しているポーランド人親子(複雑だなあ)。少年の方は、メヒコサポの応援が楽しいようで、まねしているのだが・・・アルヘンGKがキックをするときに、メヒコサポが「○○!」と、これまた放送禁止用語を言うのだが、それを意味も知らずに面白そうに声を合わせて叫ぶ。そういう言葉ばかり覚えてはダメよ。 
 さて、この試合は白熱していてとても面白かった。マルケスのゴールでメヒコが一点先取、でスタジアム中が湧いた。この前のポルトガル戦とは全然勢いが違う。これは面白くなるぞ、と思った矢先・・・リケルメからのコーナーをクレスポが合わせて同点。双眼鏡で見ると、正面のVIP席でマラドーナが踊っていた。よくわからないのは、前列に座っていた中国、それも南方系顔立ちをした夫婦。何の関係もないところで、中国国旗を振り回し、「中国万歳」と叫ぶのだ。邪魔!それに試合の雰囲気を壊すんじゃない!!
 結局延長戦になった。ゆうみちゃんは「PKを呼ぶ女」と言われているので、心配した。が。おそらく今回のW杯ベストゴールのひとつになるだろう、マキシ・ロドリゲスのスーパーなゴールが決まった。それからのメヒコの反撃ぶりは気迫があって、すっかり心の中でメヒコ!メヒコ!と応援。前列の迷惑中国夫婦はなぜか途中で帰っていった。(なんだかな〜)
 メキシコだって今日はよかった。ただアルヘンに叶わなかったとしたら、後半になってテベスやメッシといった選手を投入できる選手層の厚さかもしれない。残念、メヒコ!

負けても陽気なメヒコサポ

 ところが陽気な歌うサポーターたちは、敗れてもなお、みんなで歌っていた。「ああ、お祭りが終わっちゃったよ。だけど、いい試合で楽しかったね」、そんな感じ。同じラテンアメリカの、同じ言葉を話すもの同士。いがみ合うような仲ではないのかもしれない。 

行きはよいよい、帰りは熟睡

 待ち合わせはライプツィヒの駅、サッカーボールの形をしたインフォメーション 。これまた暗い、けど妙に天井が高いだだっぴろい駅のホールの一角でスタオくんとmasumilkさんと無事合流。
 スタオくん、「やっぱり今日から(R16から)がワールドカップなんやな」。同感だ。 言うまでもなく、トーナメントは負けたら帰国。選手もサポーターも試合に対する気迫が違う。ハイレベルの戦いがようやく始まる感じだ。(日本は参加できなかったけど)。とにかく、好ゲームだった。
 さーて。ワイマールに帰らなければ。途中迷いながらもなんとかアウトバーンに乗って南下しているところまでは記憶があったのだが、分岐点で別の線に入り、さらにもうすぐホテル、というところまで寝ていたみたいだった。歯の矯正中のスタオくんは今回は眠気覚ましのガムがかめないから、「レッドブル」を飲んでがんばっている。お疲れ様ですた。

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