第5日目(2006.6.22)
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洗濯、お料理。

 前日が前日だったので、朝はゆっくりしようということで9時に目覚ましをかけたが、起きたらなぜか9時50分。Pは平和で静かすぎる。
 洗濯機で洗濯にトライ! みんなの洗濯ものを1つに集め、 地下の洗濯室(洗濯機が3台、アイロン台などがある)にゆうみちゃんと行き、セバスチャンに教えられた通りに、やってみようとする。が・・・当然表示はドイツ語ばかりで面食らう???。
そこへ、セバスチャンが登場。
「何かトラブルですか?」
 もう一度使い方を教わる。というより、やってもらう。
「洗濯にはどれくらいかかるの?」
「たぶん、1、2時間
い、1、2時間もかかるの?つまり出発前にできない、ってことか。しょうがないので、そのまま放置することに。

 一方、masmilkさんとスタオくん中心に、ご飯の炊飯にもチャレンジ。時間はかかったが、おいしくできた。私が持って行ったマグロの醤油づけ、おかずとしてかなり好評。今日はこれでご飯とお味噌汁、サラダにヨーグルトというすばらしい朝食になった。食後にはmasmilkさん提供のド○ールコーヒー。日本と同じ味だ。
 お昼はおにぎりだ。

世界遺産その5・シュパイヤー大聖堂

 「本日の世界遺産」はシュパイヤーという大聖堂だけ行くことになっている。今日はシュパイヤーから近いマンハイムで2手に別れ、お互い電車で移動するのだ。Pからシュパイヤーまで約1時間。近い!※地図をみて、昨日行ったところの近くにまた行くのか、とつっこまないように!
 シュパイヤーはロマネスク様式ということで質素な装飾だ。ここはドイツ最大と言われる地下祭室が目玉。地下の天井は高さ7mもある。コルドバのメスキータそっくりの柱が印象的だった。交差ヴォールトというらしい。時代も、イスラム、キリスト教と違うのに、なんで共通しているんだろう。不思議。当時はさぞかし目立つ建物だったんだろうなあ。17世紀にフランス軍の侵攻で破壊されたらしいが、当時のままに修復されている。シュパイヤーの売店で、布バッグを購入。

悲劇の乗り遅れ

 シュパイヤーからマンハイムまで20キロ。予約した電車の発車まであと30分。この日はドルトムントに向かうサポーターがたくさんいるに違いないので、なんとしても乗らなくては。ジャーマン・レイル・パスを使うためのバリテーションを窓口でしなければならないので、それの時間も必要だ。しかし、大事なときに道を間違える。(運転手に悪いので、詳細略)。
 駅に到着時点で残り5分。駐車場を探していると時間がないので、スタオだけ置いて車を降り、先に駅まで走る。窓口のバリテーションはまあまあ迅速に行われ、ゆうみちゃんを置いて2人でダッシュ。・・・最大限の努力はしたが、私とmasumilkさんの目の前で、ICEのドアは閉まり、発車してしまった(こういうときに限って定時発車・・・)
 電車に遅れ、かなり行く気がうせてしまった。日本−ブラジル戦があるドルトムントへはスタオくんへ3位決定戦のチケットを譲ってくれるという知人と、ネットでお会いした「さんぼさん」にお会いするために出かける私。つまり試合のためではないのである。と、言っても足がないから帰るわけにもいかない。
 スタオくんが駅にやってきた。気を奮い立たせ、仕方がなく次のベルリン行きの電車に乗り、フランクフルト中央駅で乗り換える。やれやれ。ドルトムントは遠いぞ。次第に青い日本人が増えてきた。
 今日会う2人とも顔も知らないし、青化した日本人の中では「ウォーリーを探せ」状態で、さんぼさんが私をすぐ見つけてくれるだろうか。そう思って、ラウールユニを目印にすることにした。

カルロス&テネリフェグループに遭遇

 ここで切符が買えずにウロウロしているグループをスタオくんが発見(彼はいつも困っている外国人を見ると助けようとする、関心なところがある)。なんとなく英語のアクセントがアヤシイので、聞いてみるとビンゴ!彼らはスペイン人だった。カナリア諸島のテネリフェから来ているという。さっそく私の貧相なスペイン語で(それでも彼らにとっては救いの神だったらしい)事情を聞く。自動券売機だとカードなので、ドルトムント行きの切符が買えなかったようだ。グループのみんながいっせいに事情を話し出す。いっぺんに話すなよ!!
「ドイツではスペイン語を話す人があまりいないからね」と、なぐさめてあげる。「Si〜」。かわりにスタオくんがオフィスで買ってあげることに。スタオくんともどもとても感謝された。

それでも赤い日本人

 乗り込んだICEの車内はかなり混んでいた。やはり乗り遅れたのは痛い。ドルトムント到着は1時間ぐらい遅れそうだ。さっきのテネリフェグループが「これは指定席じゃないの?」と聞くので、「違うの、席は空いていない」と言っておいた。「じゃあ、バルは?」って聞くところがさすがスペイン人。幸い途中のケルンからは席が空いて座れたが、車内は最後まで青い日本人で満席。私だけ赤い。かなりのへそ曲がりだと思う。だけどmasmilkさんには日の丸のフェイスペイントをしてあげる。結局到着が遅くなったので、チケットを譲ってくれる人とは明日、ハイデルベルクで会うことになった。
 リーダー格の「カルロス」とはドルトムント駅でベソしてお別れ。彼は次のカイザースタウテルンも行く、といっていたからうまくいけば会えるかも。でもわかるかな?
 

やっぱり反応するのはスペイン人

 スタジアムへ向かう地下鉄駅。誰かがスペイン語で「おや、この日本人はラウールユニを着ているよ」と話していたので、振り返る。セビージャから来たというおじさんだった。ベティコではないだろうと、「そうなの。私、ラウール好きだから。セビージャの歌は知っているよ。セビージャ、セビージャ、セビージャ〜♪」と歌うと、喜んでくれた。周りは当然青化した日本人ばかり。なんでいるんだ、という目を向けられながらも独自の道を行く(行き過ぎ?)。
 スタジアム近くのUバーンで下車。観戦するmasmilkさんを見送り、ダフ屋になるスタオくんとも別れる。ラウールユニのおかげでさんぼさんは、すぐ私を見つけてくれた。再び中心部まで戻り、適当なレストランに入る。

さんぼさんとディナー!

 さんぼさんはこの日は観戦の日本人のアテンドでドルトムントに来ていた。1時間ほどしか時間はなかったけど、べらべら止まることなくおしゃべり。それにさすがドイツ語ができる人と一緒だと、おいしい料理が、ほどよい量で(ここが重要)出てくることが分かった。途中、日本が1点入れたことが分かると2人で喜んでみる。となりのブラジルグループ沈黙。ところが逆転されると、今度は隣が賑やかに。やっぱり夢は夢で終わるようだ・・・はあん。
 再会をお約束して、中央駅まで送ってもらい、別れた。途中、ブラジルが追加点をとったことを知る。慌ただしかったけど、こういう出会いがあることがうれしい。

余裕の帰路+疲れるmasmilkさん+怒れるゆうみちゃん

 まだ試合の途中だったけど、スタオくんと合流してICEに乗る。あえて試合後ではなく、この電車にしたのだ。ただ、試合後にmasmilkさんが乗る電車と到着時間は30分ぐらいしかかわらない。
 コンパートメントが空いていたので、2人で貸し切り。しかも贅沢に一人3席使い「フルフラットシート」にして寝て帰る。この休息はかなりありがたかった。運転手のスタオくんにとっても貴重な睡眠になった。ライン川沿いを走る路線(新路線より時間がかかる)なので、途中、ライトアップした城でもながめながら、夜のライン川見学、というのもできるのだが、それよりも睡魔が勝った。
 3:00すぎ、マインツ到着。
 深夜3時半のマインツ駅ではスペイン人グループがウロウロしていた(赤いユニ+国旗で一目瞭然)。泊まるホテルもなく、時間をつぶすバルもなく、明日(といってももう今日、約12時間後)のカイザースラウテルンでの試合に向け、ここで粘るのだろうか。
 やがて、シュッツトガルトからゆうみちゃん到着。第一声は「もうオージーって最悪!」ってかなり怒っていらっしゃって、オージーサポの「悪行」の数々について聞かされる。これでクロアチアは落ち、ブラジル・オーストラリアの決勝T行き判明。
 さらに青い日本人に混じってmasmilkさんの乗った電車も到着。ご苦労様であった。masmilkさんによると、試合後のICEは激混みで、「戦後の電車のようだった」らしい。
 後部座席の2人はさっそく眠りに落ち、私も途中意識をなくしつつ(もうナビも不要な道だったので)、約1時間後Pに到着。長い一日であった。アパートでは元気に鳥がさえずっていた。チュンチュン♪

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