第4日目(2006.6.21)
Aachen-Kamen-Gelsenkichen-Pffafenhofen Mapを見る 写真1

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世界遺産その4・アーヘン大聖堂

 翌日、7時起床。スタオくんは寝かせておいて、8時に「本日の世界遺産」アーヘンの大聖堂へ。途中まで道を間違えていたので、一本裏道を行く。このアーヘン、今は静かな地方都市だけど、フランク王国のときは中心地だったのだ。温泉も湧くのでカール大帝(=シャルルマーニュ、懐かしいねえ)のお気に入りスポットだったとか。
 大聖堂に着くと、まさにミサの真っ最中。いかめつい感じの門番のおじいさんがいて、入る雰囲気ではなかった。30分ほど待ってミサが終わった。写真撮影をしたければ2ユーロ寄付を、ということが書いてある感じの張り紙があったので(ドイツ語なので推察)、大丈夫なのかと思いきや、おじさんは、「ナイン!」と一言。
 805年に完成した宮廷礼拝堂は、カロリング・ルネッサンス代表する建物らしい(世界史を思い出す)。さんざん見ているゴシック様式とは違う、シンプルな力強さがある。ところどころ金箔が施されていて美しい。天井は円く、高い。八角形の中心部と十六角形の周廊で構成される「集中式」と呼ばれる空間だということ。ここでは代々神聖ローマ帝国の皇帝の戴冠式が行われた。
 ドイツ人のお兄さんが何の迷いもなく、パシャパシャ写真を撮っていた・・・絶対、2ユーロ払ったとは思えないが。私は門番じいさんに目をつけられている(東洋人なので目立つ)ので写真はあきらめる。(他のサイトによると、映してもよかったみたい)ぐやじい。
 帰りにスタオくん用のパンなど、朝食を調達して、ホテルに戻る。約束より10分ほど遅刻。9時30分出発目標だったが、ほぼ10時近くにアーヘン脱出。

たいへん!カーメン

 一路、カーメンへ。カーメンってどこ?って感じの小さな街。ここの体育学校(!)でスペイン代表は合宿しているのだ。大々的に施設を作ったらしい日本とはエライ差である。
 正確にはさらにそこから少し離れた体育学校だった。周りは小さなお店がポツポツ。Pといいとこ勝負。探し当てた練習場は公開されていたので、さっそく入ってみると、「ラウール、ラウール」とカワイイ声が聞こえてきた。どうみてもドイツの子供たちだ。
 ラウールコールをしながらも、シュバインシュタイガーのTシャツを着ているから間違いない(^^;)。たぶん地元の子供たちが動員されたんだろうな。それなりに見学のスペイン人も多く、プレスもいる。
 せっかく練習が始まったのに、ちびっこはすでに飽きている。ピッチの隅でかけっこしたり、遊びだす子供たちが続出。ある男性が子供たちに囲まれてサインをせがまれている。「うん?」有名人か?選手ではなさそうだし。しかしどう見ても、その人は警備のお兄さん。子供たちには「すごくエライ人」に見えたらしい。お兄さんは苦笑しながらも子供たちにサインをしてあげていた・・・
 実はこの人に限らず、いろんな「外国人」または「地元カーメンにはいない人」 にサインをせがんでいるらしいことがあとでわかった。私は選手のおっかけに専念したのだが、あとでmasumilkさんが「私、子供にサイン頼まれて、してきちゃいました。人生初サインです」。子供たちにとっては漢字のサインはとっても珍しいものだろう。
・・という、のどかなカーメンであった。

ラウール@カーメン

 さて、ラウールはやっぱりサルガドやカニの近くにいた。やっぱり気心しれた仲間なんでしょ。ストレッチ、ロンド、ミニゲーム。最後はシュート練習して終了。シュートを決めた人からあがる。ラウールは一度失敗して、お残りしていた・・・。まあ、PK蹴ることはなさそうですから
 サインを狙っていたが、宿舎への道は近づけず。遠くでラウールが手を振るのが見えただけだった。
 
試合観戦その2・メキシコVSポルトガル

 ここから一路、ゲルセンキルヒェンへ向かう。メキシコ・ポルトガル戦だ。大量のメヒコ軍団が応援に来ていた。圧倒的に需要に対してチケットが足りないようで、ダフ屋価格も高騰気味。メヒカーノは陽気で歌は欠かせない。フェイスペイントをしながら小さなメキシコ国旗を手にスタジアムに向かって歩いていると、お姉さんに話しかけられた。「私はこんな小さな国旗だけど」と言うと「問題ないわよ。応援すればいいの。ビバメヒコ!」。やっぱりこの人たち、楽しい。
 私はコーナー近くの見切り席。ちょうど隣に透明なバリアがあって(シーズン中、アウェイサポーターと分離するためだろう)、試合の大半はこのバリア越しに見ることになる。
 見ると、そのバリアの隣にいるおじさんもメヒコサポだった。声は聞こえないけど、私の小さな国旗を見て喜んでくれた。おじさんのまわりはポルトガルサポのようで、おじさんは一人メヒコ応援だ。メヒコの応援は歌が多くてとても楽しかった。国歌斉唱のとき、全員が起立し、「宇宙戦艦ヤマト」スタイル(違うかも?)で歌うのには、ちょっと鳥肌が立った。
 ポルトガルは余裕でイエローカードをもらっているデコやC・ロナウドあたりはお休み。早々にポルトガルが先制し、PKで追加点、と楽な展開。オズワルド、がんばれ!
 しゅんとなるかと思いきや、メヒコサポは元気に歌う。メヒコは10人になったこともあって、それからは1点返すのがやっと。
 結局、試合には負けちゃったけど、アンゴラ−イランが1-1の引き分けで終わったため、勝ち点4ながら棚ぼたで2位通過が決定。途中からその速報が伝わったこともあって、和やかな雰囲気になった。そしてみんな上機嫌で帰っていった。これでライプチィヒでもう一度メヒコの試合が見られる。相手はどこだろう?

masumilkさん行方不明?

 この日は3手に別れての観戦だったので、最初のゲートの看板のところで待ち合わせをしていたのだが、masumilkさんが来ない。一番遠い席だから、と20分ほどは待ってみたが、こない。間違っていないか??駐車場に行くにはここを通るはずなのだが・・・
 いやな予感がしたが、やっぱり。彼女は駐車場で待っていた。違う道から戻ってきたらしい。

ガスが高いです・・・

 スタジアム近くにあった「ウォルマート」のガソリン料金が安めだったので、給油。今回の車は日本で言えばハイオク、向こうで言う「Super」を入れるように指定されている。値段はガソリンスタンドによってまちまちだが、ユーロ高・石油高は痛い。アウトバーンのガソリンスタンドは高いので、緊急時のみ。1リットル130前後なら迷わず給油と決めている。日本の習慣で「130円だから安い!」「ここは135円だ、」と円で呼んでいたが、正確には1.30ユーロという感じの単位。1リットル150円は痛い。一回の給油で1万円ぐらい飛んでいくのだ。もっとも、それだけ走っているからガスも減るんだけど。
 さて、「アルヘン・オランダ」の世紀の対決を見るために、一路車を走らせる。ラジオで聞いても、当然、よくわからない。うまく行けばフランクフルトあたりで、と思っていたが、そう簡単にはいかず、結局3号線の途中、パーキングエリアのレストランで見ることに。が、テレビの前をでかいドイツ人が陣取ってしまい見にくい。
 前半は見ていたが、あきらめて、撤収することにした。どうもゲームも膠着状態で、点も入らなさそう(結局0-0)

写真に撮られた!そして鹿さんにも遭遇

 急いでいたら、気が付くとまわりに車がいなかった。坂を越えるためにスピードがあがっていた瞬間。あれ、と思っていると前方がなにやら赤く光った。げ!赤外線カメラでどうやら撮影されたらしい。気が付くと制限速度120キロのゾーンだった。20キロほどオーバーしていたらしい。どうりでまわりに車がいないわけだ。
 さらにアウトバーンを降りて約30分、まっくらな田舎道を走る。途中「鹿さんに注意」標識があったと思ったら、本当に道路を横断し、草むらに入っていく鹿さんの後ろ姿を発見。「鹿だよ」と後ろの2人に教えてあげたが・・・就寝中。
 鹿さんぐらいなら肉眼でもよく確認できるが、困るのは小動物。よく牽かれているのをみた。それだけではなく、1度は牽いてしまった感覚があった。まっくらな道でも60〜80キロぐらいは出しているので、避けようがない感じだ。それでも夜道はキレイだし、何より、Pに着いて夜空を見上げると満天の星。ポルトガルのファーフェのイナカホテルで見た星空に負けないすばらしさ。
 この小さな街が連続してでてきて、たくさんのロータリーを過ぎる帰り道をスタオくんはもうマスターしたので、最短距離で迷わず帰ることができた。でも帰りは2時過ぎ。今日は700キロ走ったらしい。ドイツ車と「オウトバーン」に感謝だ。
帰ると、インターネットができるらしいことが判明。速度もそれなりに速いみたいだ。

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