第11日目(2006.6.28)
Hannover-Berlin  Mapを見る 写真

Home>index>
第12日目>

 

二度寝・・・

  朝。ゆうみちゃんは帰国なのだった。目覚ましが鳴っている。起きないスタオ。
 「起きやあて!」
 なんとか、起きてシャワーに行った。私もお見送りぐらいしなきゃ・・・・と思っていたところで再び果てる。駅まで送ったスタオくんが戻ってきて、はじめて起きる。しまった!
 スタオくん、せっかく高速インターネットが使えるから、とお仕事態勢に。ベルリンのアパートではできない可能性が高いので、チェックアウトの12時ギリギリまでかかってファイルを送る。あらかじめ荷物を車に運んでおこうと、masumilkさんとスーツケースを運んでおく・・・そこへ日本人のおやじ2人が通りかがる。
「コンパクトで安いし、ここは穴場ですねえ」なんて話している。駐在員らしい。私たちを見つけ、
「日本の方ですか?」と話しかけてきた。さも意外そうだ。
「どうやってこのホテルを見つけたんですか?」
「ああ、インターネットで」
「そうか、今はインターネットで探しちゃうんですね」と納得して去っていった。
 車に荷物を入れ、部屋に戻ろうとすると、入口のドアでロックされてしまい、中に入れず。もうチェックアウト時間なので、外からは入れなくされるらしい。スタオくん、12時ギリギリに部屋を脱出。

世界遺産その11 ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群

 さあ、気を取り直して(もう観光一直線)、一路、ベルリンへ。
 途中、スタオくんがやっぱり睡魔に襲われたので、masumilkさんに交代。ポツダムの手前のSAで再び代わる。
 ポツダム到着は3時頃。地球の歩き方の地図は「歩き用」を基本としているので、車だといったい地図内のどこに着いたのか、把握するのが大変だ。なんとか旧市街らしき通りを抜け、公園のような、森のような広大な敷地につきあたった。ここが、サン・スーシ宮殿の一角に違いない。

こじんまり、サン・スーシ

 サン・スーシ宮殿自体は部屋数も少なく、とてもこぢんまりしている。ここはガイドツアーで見学することになっている。次の回まであとわずか。気乗りしない風のスタオも誘い、申し込む。ガイドはドイツ語、しかし各国語で解説のカードがある。日本語もしっかりあったので、借りる。解説はときどき海外で遭うようなエセ日本語ではなく、しっかりとした正しい日本語だった。
 なんでこんなにこじんまりしているのかというと、フリードリヒ2世が居住用に使い勝手の良さを追求したからのようで、お気に入りだけに囲まれた憩いの住まいだったのだ。ベルサイユ宮殿の格式を嫌ったマリー・アントワネットの「プチ・トリアノン」と同じような存在だったのか。サン・スーシとは「憂いなし」というフランス語。当時社交界はフランス語が共通語だったことがわかる。フリードリヒ大王も普段はフランス語で生活していたらしい。
 敷地内にはちゃんと立派な宮殿もある。が、時間がないので有名なふどう棚の階段をおり、庭園を通って「中国茶館」 だけ行ってみる。そこだけでも歩いてたっぷり10分はかかる。そもそも王様たちは徒歩での移動は想定していなかったから、すべてこの調子でここはでかい。「中国茶館」は当時のヨーロッパが想像したユートピアである中国風(シノワズリ)の建物。彫刻とか、服装とか、どうみても「間違えだらけの中国人」。でもとにかく当時は神秘的なあこがれの国だったらしい。
 残念ながら(幸い?)時間がないので、駐車場に戻る。お昼も食べていなかったからいいかげんにお腹が減った。と、いうわけで駐車場にあったブルスト(ホットドック)屋さんで、ブルスト&ビールをいただく。暑い日のビールとブルストはうまい!

「ポツダム宣言」の舞台へも

 5時を過ぎてしまったが、せっかく「ポツダム」にきたのなら、「あそこ」は見ておくべきではないか?バスだととても行きにくい場所にあるようだが、幸い車なので、行ってみる。
 「あそこ」とは、「ポツダム会議」の舞台になった、ツェツィーリエンホーフ宮殿である。一部はホテルになっているので、たぶん中は見られなくても外観ぐらいは拝めるだろう。舗装が凸凹で、かなり狭い道路幅の道を森の中走る。ようやく発見。車じゃないと来るだけで疲れそう。スタオくんは車で待つことにして、2人で宮殿に向かう。「宮殿」というわりに意外と地味な佇まい。ここで一人で写真を撮っているインド人?らしきおっさんがいた。写真を撮ってあげる。「中へは入れないのか?」と聞くので「5時まででもうクローズした」というと、がっかりした様子。

「旧東側」のアパート

 車に戻り、2泊するアパートへ向かう。そのアパートはベルリンの東郊外、ERKNERという街にある。ともかく、まずはその街を目指す。
 アウトバーンを降りて、一般道に入ると、道がまたもや「東な感じ」に。そういえば旧東ベルリン側って治安もよくない、って聞いたけど大丈夫かな。いくつか湖を通る。ここはベルリン市民の週末レジャーの場所になっているらしい。今日から泊まるアパートもそんなときに借りるようだ。
 街について、何度か迷いながらアパートの通りを発見する。アパートの玄関には中年女性と年配の女性が話をしていた。彼女が大家さんらしい。
 英語でまずは挨拶。車を庭先のガレージに案内してくれる。
 部屋はやっぱり2階にあり、大家さんが1階に住んでいる。2階の反対側にはもう一部屋貸し室があり、私たちは定員3人の1DKの小さい方なので、狭いかもと思っていたが、広々している。キッチンにソファーベッドがあり、ここにスタオも寝られる。
 「ごめんなさい、私あまり英語が話せないのよ」かなり体格のいいママ。
「問題ありません。私もあまり話せないし」
 英語ではゆっくりなのだけど、複雑な話はドイツ語しかでてこないらしい。そんな私にも一通りの説明はしないと気が済まないようだ。いろんな説明が書いたファイルがあったが、すべてドイツ語。でもママが一生懸命努力して、なんとか話は理解できた。
 テレビチャンネルまで説明。「ここは英語(CNNだ)」「これはフランス語」「だけどごめんなさい。日本語はないわ!」元々期待していませんから!
 終わると心配そうにパパも顔を覗かせた。ママとは違い、ひげ面のやや細身のパパ。こちらも少し英語は話せるらしい。ここも玄関は共通だけど、ベルリンではそれほど遅くならないだろうから、問題ないだろう。

5000km、ご苦労様!!

さて、今日のウチに空港まで行って車を返すことに。さっき通ったアウトバーンを戻った先にある。旧東側の空港だ。途中、このあたりでは一番安いと思われるガソリンスタンドに寄る。
 さらに空港近くのガソリンスタンド。さっき満タンにしたけど、少し走ったから、最後の満タンに・・・
が。ショックなことにハーツの駐車場には専用のガソリンスタンドがあり、こっちの方が安かった
 返却するときに入念なチェックがあるかと思いきや、単に置いておくだけでいいらしい。10日間走り通した車ともこれでお別れ。総走行距離5000キロ。1日500キロ。事故もなく、よく走ってくれました。高いガソリンもよく食べた車だけど・・・

ベルリン中心部へ

 Sバーンに乗って、ベルリン中心部、フリードリヒシュトラーセ駅近くのドイツ料理の店へ。典型的なドイツ料理だけど、おいしい。というより、ちゃんとテーブルに座ってご飯を食べるというだけでおいしく感じるのかもしれないが。スタオ、バンベルク名物の薫製ビールに挑戦。これまでは運転手だったから好きなビールも抑えていたが、これからは存分に飲める!
 エルクナールはSバーンもあるがREが止まるので、これなら中心部からは20分ぐらいで着く。この距離だったらまったく問題はない。
 さて、さっきは駅を確かめることもなく、車で出てしまったので、駅からアパートへの行き方が分からん!人もいなくなってしまい、車も通らない。ガソリンスタンド兼コンビニが開いていた(といっても、警備上の理由でこっちでは店員だけでてきて、用を頼む、というスタイル)ので、スタオが道を聞きに行く。
 結局線路の反対側に戻り、地図を見つける。歩いたら800mだということだったが、もっと短いような感じ。とにかく無事にアパートへ帰還。

 

 第12日目につづく→

ブログあります。
E-mailはこちらです

このページは「蓬莱賓館」という岩姐運営のサイトの一部です。直接このページにきた方はこちらから脱出してください。