第6日目(2008.3.9

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日曜、朝のソル

 7:10起床。ここのホテルは朝食がついている。といっても近くにある提携バル?にいって朝食を食べるのだ。そのバルはおばちゃんが一人で切り盛りしている。チーズトーストとカフェ・コン・レチェを注文。どこまでが含まれている朝食メニューかよくわからなかったけど、結局追加料金を取られることなく食べ終わった。あとでホテル宿泊者でかなり混雑。それでもおばちゃんは黙々と対応。そういや、今日は総選挙だったね。。といっても日本のような選挙じゃないから、町に各党の党首の写真がたくさん飾ってあるぐらい。しかしサパテロってダチョウに似ているよな・・・日曜の朝、まだみんな活動していないからか、人影まばら。夜中とは大違い。

む、なにやら予兆が
 メトロでオートレス社のバスターミナルに向かう。着くとバスターミナルごと閉鎖?どうやらオートレス社は買収されたので、バスターミナルごと移動したらしい。実は私も古い「歩き方」しかもっていないし、お互いマドリーは何度も来ているせいか、緊張感がなく、調べてもいなかった。というわけで南バスターミナルに移動しないといけないのだが、さすがにメトロを何度も乗り換えて行く気力もないのでタクシーで。
 バスターミナルに着くと、10時15分。窓口で「サラマンカ2枚ください」とおっさんに言うと、「何時の?」と聞かれる。とっさに案内板を見ると一番早いので10:30に出発というのがあった。ラッキー!!「10時30分ので。あと帰りもお願いします」(往復にすると安いのよ)しかし、おっさんは何の反応もない。わかったのか、わかっていないのか。しかし出てきたチケットを見るとちゃんと帰りのもあった。わかったのなら返事ぐらいしろよ。
 しかし、あとでこれが失敗だったとわかる。

いつになったらつくんか?サラマンカ
 バスはそれほど混んでいるわけでもなく、後ろのほうを2席分独占して眠る。・・・いつの間にか高速道路を降り、どうみても普通のローカルな道を走っていた。しばーらく行くと前にいったアビラ県に入った。でも観光客っぽい人いないし、停まるのもバスターミナルというより、そこらのバス停。やけにローカルな雰囲気なんですけど。それどころか、アビラを過ぎたあたりからやたらに停車する。あれ???本当にサラマンカ行きだったよな・・・と不安になるが、行けども行けども荒野が続く。どうやら思っていた時間にはつきそうにないので、時間つぶしにスタオくんが持っていたPCでなぜか「のだめ」を見る。

世界遺産3つめ・サラマンカの歴史地区
 2時過ぎ、ようやくサラマンカ到着。腹減った〜
 さて、バスターミナルの時刻表をみて、ようやく私たちが乗ったバスがローカル路線だったことを知る。同じマドリード行きでも直行バスは「エキスプレス」となっていた。ち、あのオヤジ、なんていじわるなんだ?それともサービス精神がないただの能無しか?とっさに一番早いバスを買ってしまったのだが、どうみても観光客、しかも終点まで往復で買っているのに、ローカルは時間がかかるよ、ぐらい言ってくれたって・・・
 ということで帰りまた時間をかけるのもいやなので、エキスプレスに変更したいと窓口にいう。が、しかし。月曜の朝イチでマドリーに行く人が多いのか、ちょうどいい時間の便は満席、6時発のしかなかった(泣)。すべてオヤジのせいにしたくなる。
 町へは4番のバスで行くというので、しばらくバス停で待っていると4番がやってきた。途中、散りかけの桜(山桜か?)が咲いていた。だいたいこの辺かな?と思ったバス停で降りて、旧市街へ入り、市場を目指す。その向かいにホテル・セイランがあった。さすが日曜のお昼時、人影ほとんどなし。
 部屋は221号。カードキーだ。新しく清潔で、フロントの人も親切。スタオくんの毎度の疑問「スタジアムへはどう行けばいいですか?」にも「今日は試合ないよ」といいながら、一生懸命調べてくれた。唯一残念なのはネットができないことか。
 バスの中で寝たし、そろそろ空腹も限界。ということで食事がてら、ぶらぶら町歩き。
 一番目立つカテドラル(新、と旧がある)へ向かう。閉まっていた。ふん。
 川を渡って、ローマ橋から旧市街をながめたあと、サン・エステバン修道院へ。閉まっていた。ふん。
 結局4時過ぎるまではどうしようもなさそうなので、適当なバルで食事にしよう。といっても宗教施設が集中するエリアのせいか、適当なバルがない。若者があるお店に入っていった。ケバブ屋さんらしい。野菜も摂れるしケバブでいいか、ということで我々も入る。お腹が減っていたこともあって、おいしかった。2人分で10ユーロ弱。
 出ると4時過ぎ。そろそろシエスタ休み終了だろう。まずはサン・エステバン修道院へ。要所要所はセンサーで人を関知すると、なんと「グレゴリオ・チャント」が流れるのであった。自動でビデオの説明もある。ハイテク(?)完備の修道院なのであった。昔も今もお金がある修道院なのだね。中のチュリゲラ様式の主祭壇、すばらし。ゴテゴテだけど、すばらし。葡萄がきんぴかの柱にからまっているのであるよ。ゴテゴテと。これはチュリゲラ4兄弟の長男、ホセさんが作りましたとさ。ローカルバスで来た甲斐あった。
 さて、今度はさっき閉まっていたカテドラルへ。「新」の方はあいていた。ここのオルガンは岐阜のサラマンカホールのオルガンのモデルだそうで、せっかくの縁なので写真を撮っておく。あ、このオルガンはチュリゲラ4兄弟の末っ子、アルベルトさんが作りましたとさ。
 実は新と旧はつながっているのだが、旧の方は立ち入り禁止(休みなのか、ただの休憩なのかも不明)。観光客が何人かうらめしそうにその前にたたずむ。注目は主祭壇がすばらしいという旧のほうだったが、残念。
 さすがサラマンカは世界遺産の観光地でもあるし、大学都市でもある。そのせいか日本人観光客(多くが学生と思われる)がちらほら。ただこういう渋い町だけにベルナベウで見かけたようなチャライ学生たちはいなかった(ベルナベウでは天敵)。
 続けて貝の家。そういえば旧市街の道のあちこちに、サンチャゴ・デ・コンポステーラの巡礼路を示す帆立貝のレリーフがうめこんである。ということからもわかるように、ここはもともと巡礼者(ホタテ貝が目印)のための救護施設だったそうで、外壁にいっぱいホタテ貝の装飾がある。
 となりにインフォメーションがあったのでもう一度スタジアムの行きかたを聞く。英語OK。変な観光客だと思われただろうが、丁寧に教えてくれる。で、最後にどこから来たの?と聞かれ、日本と答える。おばちゃん、リストに記入。日本人の嗜好として「スタジアム」というポイントが認識されちゃったんでは?
 さらに、サラマンカ大学。プラテレスコ様式のファサードがすばらしい、なんてガイドブックのような感想を。
 ここまで回って6時。さすがに疲れたのでホテルに戻る。スタオくん、疲れたし、バスでしか行けないのでスタジアム行きは断念するそうだ。
 ということでいきなり昼寝モード。(もう夕方じゃん)
 で、ふとテレビをつけると、セグンダのラス・パルマス戦をやっているではないか!福田健二は出ていないようだけど、アップはしていて、ちらりと写った。おおお!盛り上がったが結局出番はなく、チームは敗退。ちぇ。

イベリコを本場で堪能

 9 時になってそろそろ夕食タイム。ライトアップされているマジョール広場(スペイン中のマジョール広場で一番美しいとかなんとか。ここも末っ子アルベルトさん)やカテドラルを見た後、よさげなバルを物色。マジョール広場近くにたくさんあるが、観光地=観光客相手の店=高いわりにイマイチという図式が自然に頭の中にあったので、日本人グループが多く入っているところは避ける。で、「プルス・ウルトラ」というバルの名前になんとなく引かれ(安易なサッカーファンです)、中に入ってみる。ちょうどバルサの試合の真っ最中でここでもカデナ・プルスの放送やっている。あまりバルサファンが多そうなところは困るし。適度に見ている感じも気に入った。
 ここ、かなりあたり。カウンターには凝ったおつまみ、というか、巨大なカナッペが並べられている。なかなかに凝った名前もついているらしい。どれもおいしい。
 それはそうと、ここサラマンカはイベリコ豚の名産地でもある。みると、ハムの塊が。イベリコ豚は普通のハモンセラーノよりうんと高く、13.7ユーロもするのだが、せっかくなので頼んでみる。バルのおやじはにっこり笑って、慎重に一枚一枚削っていく。
 口の中で脂がとろける。しつこさが後に残らない。やっぱりうんまい。ワインがおいしいこと、おいしいこと。「うーん、ぶえーの、ブエーノ」。
 試合はそれほどみんな熱心に見入っている感じではなく、11時にもなると店じまいの雰囲気。マドリーとは違うのだ。我々も明日早いので撤収する。


 

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