第12日目(2008.3.15

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お祭りのバレンシアそぞろ歩き
 ゆっくり寝て起きたのが9:00。とりあえずどこかで朝食だ、というので、近くのバルへ。スペインは本当にバルには困らないな〜。そこには中国系?のカマレラ。
 ホテルに戻り、荷造りしていると、ラウールから内線が入った。みんなロビーにいるそうだ。
 下に下りると、ラウールと奥さんのマリアンナ、ホアン・カルロスがいた。久しぶり。ラウールにお土産のワインを渡すと、それはホアン・カルロスのリュックに。またもや荷物係。彼は日本に来たときもみんなの分の傘を持たされていた。いい人なんだろう。
 「ハルミ、昨日、ファジャは見た?」お祭りのメイン会場に向かう。市役所の出し物は巨大。お金もそうとうかかっているとみた。でもこの祭りの本当のクライマックスは、これが一斉に燃やされるときなのだ。
 マリアンナは英語がわからない。ところどころ、スペイン語で会話。メルカドの中も通る。アナマリアのいとこも働いているのだという。週末だから、かなり混んでいる。そして行くところ行くところ、声をかけられて、しばし立ち話。たいてい家族連れだったりする。メルカドは天井がすばらしい。

 旧市街を歩き、前行ったときしまっていた、ラ・ロンハへ。世界遺産。お祭りだからか、タダ。このあたりの太っ腹がすばらしい。・・・なんで世界遺産になれたのかはつっこまないでください。しかし宮殿かと思うほどの、凝った装飾。それほどかつてバレンシアは塩の貿易でにぎわっていたんだよ、ということ。
 旧市街の一角に、バレンシア名物の飲み物「オルチャタ」が飲める店があるというので、寄る。狭い店内、その飲み物とチュロスでみんな朝を済ませているようだ。不思議な飲み物。正直あまり好きな味ではなかった・・・。
 ちかくのカテドラルも覗いてみる。ラウールたちは、ここで結婚式をしたんだとか。へえええ。
 パレードに出る子供たちの衣装がとてもきれい。
 それにしても、お祭りの見学客でかなりの人出になってきた。ホアン・カルロスは午後、フットサルの試合があるとかで、ここでお別れ。ラウールは午後、パエージャを食べに行くためにいったん家に戻り、車で迎えにくるという。我々はマリアンナと2時からの「マスクレーナ」に備える。
「マスクレーナ」はなんか花火のイベントのようだけど、いったいなんなのか、よくわからない。毎年マスクレーナを見ているというマリアンナについて、バレンシアのRENFE駅の前へ。そこには今度建設されるバレンシアの「トヨタスタジアム」のファジャもある。新しい地元の自慢になるかも。
どんどん人が増えて、思うように進めなくなってきた。彼女もこちらが簡単なスペイン語しかわからないのがもどかしいらしい。結局ほとんど駅前で2時を迎えた。
 瞬間、けたたましい音が前方でした。爆発音が絶え間なく聞こえる。だが、人ごみで見えない。たぶん広場のあたりで花火をやっているのだろうが、日本のように川などで高く打ち上げるのではないため、本当に広場を見える位置を確保しないと見えないのだ。
 結局、人の後姿をみながら爆音を延々と聞いて、みんなが盛り上がって、終了〜。
 ???
 まあ、本当に見たければもっと早くから好位置をゲットしなければならない、ってことだね。毎年マスクレーナを間近で見ているというマリアンナ、「ここじゃだめだったわ」とぽつり。

お米どころで本場パエージャ
 
 で、人ごみをかきわけかきわけ、ようやく車が通る通りまで出て、ラウールの車発見。
 これから郊外のアルブフェラ湖にある、パエージャ専門レストランまで連れて行ってくれるそうだ。バレンシアといえばパエージャ。そしてお米の産地でもあるからね。
 水田が広がる広大な田園地帯をかなりのスピードで走る。20分ほど走ると、湿地帯の一角にレストランが集中しているエリアに到着。その中の1軒、「ボン・アイレ」というレストランを予約しているそうだ。
 バレンシア風のシーフードと野菜のを注文。1皿20ユーロ。うまい。が、期待が大きすぎたのか、これまでにもうまいパエージャを食べてきているからか、うまいのはうまいのだけど、カルソタダのような、新鮮な感動は残念ながらなかった。ただ、お祭りの午後、レストランは満席で、それぞれがおしゃべりしながら楽しんでいる雰囲気はまたここならではかもしれない。
 ところで、バルサファンのラウールなのに、妻はなんとマドリディスタ。というより・・・げえ。携帯の待ちうけ画面を見せてくれた。なんとモリエンテスとの2ショット。モロの大ファンだという(ミーハー?)
「だって、彼はグアッポだもん」
夫の前でデレデレ。そりゃデリカット似のラウールに比べたら・・・(自粛)
 よくよく聞いたら彼女はマドリー出身でお父さんが下部のカテゴリーの選手だったそうだ。
 さらにスタオのために、ラウールはレバンテのスタジアムにも回ってくれた。このクラブはバレンシア第二のクラブともいえるけど、1〜2部を行ったりきたりしている。スタジアムもだいぶくたびれた感じがただよう。人もいず、夕闇に照らされたスタジアムは哀愁があった。
 さらに新しいバレンシアの名所、無理矢理日本語に訳すると、「芸術科学都市」へ。ここでラモンと待ち合わせ。久しぶりだが相変わらず渋いラモン。ここは新名所とあって、近代的な建物のフォルムが美しい。全体がかなり広いエリアで、その一角ではF1のサーキットを建設中とかで工事現場を覗いてみるが見えず。
 少し立ち話をして、解散。

メスタージャ惜別観戦・・・ひどい試合
 
 さらにこれから22:00開始の(日本じゃありえないよね)バレンシアの試合を見るために、友達と待ち合わせ。ラウールはこの日のために、年間パスを買っている友達から、2枚パスを借りてきてくれた。さらに別の超バレンシアファンに連れて行ってもらうよう、頼んでおいてくれている。帰りはなんとバスターミナルまで送ってくれるとか。その友達のすっごい車と合流(車に詳しくないので表現できない)。荷物をそのお友達の車に移し変え、ラウールとお別れ。とてもお世話になりました。
 この日の試合はセビージャとだから、かなりの好カード。メスタージャがあるうちに試合が見たかったので、ラッキーだった。しかもタダ。
 このお友達、何者かはわからない(名前忘れた、英語は話せない)が、かなりリッチっぽい。「あなたの車、とてもすてきね」と言ったらよろこんでいた。しかも、顔パスなのか、普通の車は進入禁止のエリアにもどんどん入って行き、スタジアムのすぐ近くに路駐。いいのか?
 で、彼との席は別々なので後半40分になったら、席を立ち、この車で待っているように言われる。彼らは相当なVIP席のようだ。
 食べる時間がないので、ボカティージョを売店で買おうとしたが、メニューがないから注文できない・・・ともたついていたら、売店のババアがきれぎみになり、こっちもきれる。初めてなんだから、どんなメニューがあるかわかるわけないじゃん。
 しかもパスで入った席、近くでマリファナでラリっている少年がいたりして・・・

 で、試合のほうであるが、バレンシア史上最悪のゲームだったかもしれない。とにかくいいところまったくなし。モリエンテスも出ていたが、ゲームメーカーがいないから、ゴールのチャンスもなし。4-0と、ホームとは思えないスコア・・・になったところで見切りをつけ早めに撤収。しばらく車の前で待っていたら、車の主とその友人も帰ってきた。
「まったく、ひどい試合だったね」
「そう思う」

タダだからいいようなものを、これを有料で見てたら怒り爆発で私も野次ったかも。


夜行バスで再び、マドリーをめざす
 
 お友達にバスターミナルまで送ってもらい、ベソして別れる。お世話になりました。さすがにお祭りの週末とあって、ホテルはどこも開いていなかった。開いてるにしてもとんでもなく高かったので、最終の夜行バスにのり、夜中にマドリーのホテルに入って寝たほうがいい、と判断。バスも実は満席に近かったのだが、ラウールが買っておいてくれたのだ。
 バスは1時発。試合が終わるのが12時前だから、モタモタしているとギリギリなのだが、お友達のおかげでスムーズに移動でき、時間も余裕だった。
 最後あたりに買ったせいか、席は最前列。ただし、こちらのバスは席がゆったりしていて、よい。日本人と思われる若者や中国人と思われる人などを乗せて発車。途中で2度ほどトイレ休憩を経た後、バスはまだ暗い5時、おなじみの南バスターミナルに到着。
 タクシーでオスタル「サン・ロレンソ」に着いたのが、5時半だった。
 フロントのおじさん。「おや、またなんでこんなに遅く?」
 「バレンシアでファジャを見て、バスで来たから」
 まあ、いろいろ事情があるんだけど、そこまで語るスペ語力ないんで。とにかく、お休み・・・

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